# めめんともり
いろんな前提を思い切りはしょったことを書きます。
銃社会とまで言われているある国では、乱射事件がたびたび発生し、とうとう「2歳児が誤って母親を射殺」という事件まで起きています。
宗教紛争の絶えない国や地域で、テロによる死者の数は累積でいったいどのくらいになっているのでしょう。
貧困と飢餓が常態化している多くの国でも、もちろん毎日おおぜいの人が死んでいます。
デモに参加した活動家が一挙に 500 人以上拘束されるような国が、まだまだ当たり前に存在しますし、子どもの人権などなきに等しい国が、へたをすれば大半かもしれません。
そして、そういった数々の不幸とは無縁のこの国でも、ひとたび大きな自然災害が起きれば、何万という単位の人があっけなく命を落としてしまいます。
そう考えると、この世は案外、平等にできているのかもしれない。3 月 11 日以来、ずっとそんなことを考えています。
Remember that thou must die.
当たり前だけど忘れがちなこと。
02:30 午後 日記・コラム・つぶやき | URL
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コメント
>3 月 11 日以来、ずっと
同じくです。
生きてあるということは、当たり前ではなかったと。
そして、
ちゃんと自分のミッションを生きてるのかなぁ、
とも思ったりしています(人生も折り返しているというのに…)。
ふぅ…。
投稿: なお | 2011/04/29 8:00:32
先日四十九日法要が行われた石巻の大川小学校の生存者の教員が、私の友人のご主人です。
教え子と同僚を目の前で失うのはどれほど苦しかったか・・・想像すらできません。
神様はどんなミッションを彼に与えたのか?
生きることも辛いことですね。
投稿: にゃんこ | 2011/04/30 22:33:54
> ちゃんと自分のミッションを生きてるのかなぁ、とも思ったり
そう。自分にできることをしっかりやっていくしかないのですよね。それが生きるということ。
投稿: baldhatter | 2011/05/01 12:30:40
にゃんこさん、そうでしたか。そんなに近しい人がいらっしゃったとは存じませんでした。
このコメントを見た後しばらく考えていましたが、直接間接の度合いの差こそあれ、人の死を経験することは自分の死を見つめることにつながるものですね。そのことについて、また何か書くかもしれません。
投稿: baldhatter | 2011/05/01 12:34:20