# 河野一郎先生 - 30年ぶりの授業
「ほんやく互学会」という、翻訳者の勉強会があります。私も一昨年から参加しており、今年が 3 年目になるのですが、今年はメンバーの一人の発案で、翻訳家の河野一郎先生をお呼びして授業していただく、という趣向でした。
ほぼ 30 年ぶりにお会いした河野先生。最初はさすがに老けたという印象で、正直に言うとちょっと不安を感じてしまったのですが、いざお話を始められると、今年 80 歳というご高齢をまったく感じさせないほどの闊達、洒脱ぶり。記憶にあったお姿、話しぶりと少しも変わりませんでした。
テキストに選ばれた文章も、私としては不思議なご縁を感じる作品でした。
お話の最後には、先生が 17 歳のときにゴールズワージーを翻訳したという原稿用紙の束を特別公開してくださいました。数え切れないほどの推敲の跡を残したその原稿が、当代随一と断言していい翻訳家・河野一郎の原点だったのでしょうか。
その翻訳が日の目を見たのはごく最近のことです、と語り、「文芸翻訳、まして私がやっているような純文学はもう売れませんけどねぇ」と言いながら紹介なさったのが、この本です。
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さて、この日の教材になったのは、Agatha Christie の "Philomel Cottage" と John Braine の "The Crying Game"。"Philomel Cottage" のほうは、Christie 作品としてはそれほど有名ではない(と思う)短編ですが、それでさえ、河野先生ご自身の訳も含めて、和訳は片手で足りないくらいの種類が出ています。
かたや、John Braine のほうは、おそらく日本ではほとんど知られていない --- 日本語版 Wikipedia にも載っていない --- 作家で、かく言う私も、これから述べる経緯がなければまず知ることはなかったと思います。
今回この 2 作品が教材として取り上げられたことに、私は英語指導における不思議な系譜を感じざるをえませんでした。
私には英語の恩師がいたと以前書きました(♭恩師の英語指導)。その恩師も、授業では Christie を使いましたし、何より、この先生のもとで初めて読んだ現代英文学が、John Braine の処女作 "Room at the Top" だったのです。
当時高校生だった私が、それをまったく面白いと思えなかったことは言うまでもありません。もったいないことをしました。
その頃、私の恩師も河野先生の授業を受けた後だったはずで、この日先生にお尋ねしたら、 "Room at the Top" を授業の教材にしたことが確かにあったそうです。
そう考えると、恩師はきっと、当時大学で受けたばかりの英語指導をそのまま --- ただし自分なりのノウハウを加味して --- 私に伝えようとしていたに違いありません(その証拠に、生成文法の専門書とかまで教材になっていました)。時を経るごとに、恩師の偉大さを実感するばかりです。
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そんなわけで、これほど素晴らしい二人の英語人の指導を受けていながら、それをきちんと活かすことのできなかった我が身の無能を、改めて実感した日でもあったわけでした。
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