# もう少し叫ぶ(承前)
問題の箇所を再引用:
配給会社の制作部長は映画フィルムを丸々一本捨てる覚悟で、「原作ファンが求める字幕」を打ち込んでみせたそうだ
「そうだ」という伝聞の助動詞を使えば裏を取らず何を書いてもよいということはないはずなのですが、この伝聞内容は、改善運動の辺縁あたりにいた小生でも知ることのできた事実経過と明らかに異なっています。
さらに本文を引用:
字幕が三行四行にもなって画面を侵食し、しかも全然読み切れなかったのではあるまいか。そんな掟破りの字幕を敢えてフィルムに打ち込んでみせ、その制作部長は原作ファンを説得したそうだ。「ほらね、あなたがたが求めるような字幕にすると、こんなになっちゃうんですよ。これじゃ読めないでしょ」と。(中略)部長の毅然たる決意がなければ、こんな破格の「説得プロジェクト」は実現しなかったはずだ。この一件は、われわれ字幕屋の間で燦然と輝く伝説になっている。
(太字は引用者)
同じ過程を別の報告者から直接聞いて知っている立場からすれば、噴飯ものとしかいいようのないくだりです。それにしても、
「……あるまいか。……説得したそうだ。……実現しなかったはずだ。……伝説になっている」
というのは見事でした。伝説というものの本質を、このパラグラフは如実に物語っているわけです。ここまで推量と伝聞ばかり続けて、あげくが「燦然と輝く伝説」ですからね。
伝説なんて本来そんなもんなわけですが、やや大袈裟に言えば、その成立に何かの意図が介在したとすれば幾分の警戒が必要でしょう。あるいは、もしこんなエピソードが本当に "伝説" となり、それを関係者が無邪気に信じているのだとすれば、それは別の意味で救いようがなく哀れな状況と言えるかもしれません。
さて、字幕改善を求めたのが本当に原作小説ファン(だけ)だったなら、こういう形で製作サイドを持ち上げ、ファンを悪者扱いしたくなる気持ちも判らないではありません。しかし、何度でも繰り返しますが、
字幕改善運動は原作ファンによる非難ではない
のです。
しかるに、この "伝説" を支えているのは、<字幕クレーマー = 原作ファン>という誤った前提と、その上に立った<製作部長 = 英雄>という構図です。そんな業界伝説を成立せしめるために、字幕改善に奔走した関係者がこのような形で貶められるいわれはないということを、少なくともこの本を読んだ人/読もうとしている人には知ってもらいたいと思います。
もっとも、ここで言われている「原作ファン」というのが、小生の知る運動関係者と異なるとすれば話は別なんですけどね。連絡室や英語工房の中の人が意見を提出した、そのとき見たのとはさらに別の「原作準拠バージョン」が存在したというのなら……。しかし、字幕をフィルムに焼き込む手間とコストを考えれば、この段階で2つもバージョンがあったというのは考えにくいでしょう。
03:06 午前 映画・テレビ 翻訳・英語・ことば | URL
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