# 知識不足、経験不足で語る強さ|怖さ - 最新のある事例について
1週間ほど前から、ある事例が翻訳業界を騒がせています。
すでに、テリーさんもブログ記事にしてくださいました。
リンク:翻訳横丁の裏路地 - 翻訳会社関係各位:ご注意を
もちろん、テリーさんは名指ししていませんし、私もURLなどはいっさい出しません。ただし、テリーさんが書いている実績疑惑は問題の一角にすぎません。その問題のほとんどは、渦中の人物の知識不足・経験不足に起因しています。
このブログを呼んでくださっている同業者は先刻ご承知のことばかりですが、最近は志望者や学習中の方もけっこう読んでくださっているので、念のために私が把握している問題点を挙げておきます。以下、渦中の人のことはZ氏と書きます。
なお、以下はすべて、公開されている情報から私が確認した範囲の内容です。
●「翻訳実績」の記載について
これについては、すでにテリーさんが記事で書いています。
練習問題やトライアルで扱った題材を「実績」として載せてよい
こんな話が通用しないのは、翻訳に限らずどんな業界でも常識です。
実際の功績・成果。【岩国五】
それまでに残してきた成績や功績。【明鏡二】
実際にやり遂げた成果・業績。【大辞林】
当たり前すぎてどの業界でも「実績」の定義などしていないでしょうが、日本語として当たり前のことです。だからこそ、その常識の裏をついてきたとも言えますが、動画を見るとZ氏は必ず「~と思います」と付けていることに注意してください。
練習問題などで扱った題材は「実績」と書いていいと思います
です。つまり、これはあくまでもZ氏の個人的見解にすぎません。翻訳会社が100社あれば100社とも拒否するはずです。こんな言説を、うかうかと信用してはいけません。
●翻訳に英語力は要らない。大切なのは検索力
具体的には「TOEIC 500点あれば」という数字をあげています。いちばん問題な発言はこれです。というか、巧妙に論点をずらしている(あるいは、気づかずに論点がずれているのかも)。
これが、「今はTOEIC 500点くらいの英語力でも、私の指導を受ければ(英語力が上がって)翻訳者になれます」という言い方なら分かる。それを本当に実践しているとしたら、むしろ頭が下がります。でも、翻訳するのにTOEIC 500点くらいの英語力しか必要ない、というのがZ氏の主張。英語力や専門知識がなくても、今の時代は辞書とネットをちゃんと検索できれば翻訳はできる、のだそうです。
そんなやり方でいい翻訳なんて、残念ながら、というか幸いにして、私は知りません。
実際、そうやってZ氏が検索だけで英文を「翻訳」している例も、ある動画で見ることができますが、そこで示されている訳文は商品として通用するレベルではありませんでした。
参考までに、TOEICは翻訳の実力の目安になるとかならないとかよく取り沙汰されますが、一般的に翻訳会社が出すのは800~900点の範囲です。そのうえで「TOEICの点数だけでは何の参考にもならない」と言っています。
●トライアルに受かれば仕事が来る、プロになれる
これ、私の知っている常識とはずいぶん違います。私はいつも、「トライアルに受かっても、すぐに仕事が来るとは限らない」と話していますし、業界内でもたいていそうだと聞いてるんですけど、私、間違ってます?
Z氏によると、CVにいいかげんな「実績」を載せる理由もここにつながっています。「トライアルに受かれば仕事は来るのだから、トライアルにたどり着くことが必要。そのためにはCVにいろいろ盛る必要がある」んだという理屈です。
●トライアルより実際の案件のほうがずっと簡単
これも初耳です。そうなんですか? そんなお仕事があるんだったら、紹介してもらいたくらいですけど……。いや、やっぱ要らない。
●特に「産業翻訳」は簡単
Z氏が請けているのは「産業翻訳」で、「産業翻訳」とは「マニュアルや企業のホームページ」なんだそうです。IT分野もあるけど、それは「IT翻訳」とは別だということで、この分け方も私にはよく分かりません。
特許翻訳は難しいので取得に時間がかかる。映像翻訳は特殊。金融や法律は専門知識が欠かせない。だけど、「産業翻訳」は簡単なので英語力も専門知識もたいして要らない、と。いったい、どんな世界の「産業翻訳」なのかなぁ。
●翻訳学校には通うな
個人的には、かなり迷惑する謳い文句ですね^^ Z氏も半年間通ったけどまったく役に立たなかったんだとか。まあ、そういうことはなくもないので別にいいのですが、問題はこんな発言です。
「翻訳学校というのは、課題を出して添削して答えを示すだけ。翻訳するプロセスを示してくれないから、通っても意味がない」
あー、うーん、なかにはそんな指導をしている学校もあるの? ないと思うけどなぁ。少なくとも、私はしてませんし、私が知っている範囲で講師をしている人に、そんな授業やってる人はひとりもいません。
●トライアル不合格の分析をしている
法的にいちばん問題かもしれないのはここです。Z氏の講座では、トライアルに受からなかった場合に、その理由を分析しているそうなのですが、ってことは、トライアルの文章を共有してるってことですよね? これ、
業界的には完全にアウト
の行為ですからね。トライアルの文章を受領するとき、たいていは部外秘であることが書いてあります(書かれていないこともあるんですが)。それを、たとえ一部とはいえトライアル受験当事者以外に公開・共有しているとしたら、これは重大なルール違反になります。
しかも、Z氏はこの行為の問題性を認識しているはずです。というのも、実は1年ちょっと前に、Z氏はある翻訳者グループで「トライアルの課題と答えを共有しませんか」と持ちかけたことがあり、そのとき他の翻訳者から厳重にたしなめられているからです。本人もそのときには「わかりましたから」と発言しています。
●機械翻訳の精度はまだまだ低い
だから、翻訳という仕事は10年~20年は安泰だ、と。うれしいお言葉ですね^^
でも、Z氏は「検索力とITスキルだけで翻訳はできる」と謳っているわけで、それってまさに、近いうちに機械翻訳にごっそり持っていかれる部分なのでは?
要するに、どうやら極端に狭いご自分の経験と知識だけで物を言っているように、私には見えます。それが、意図してのことなのか、気づいてすらいないのか分かりませんが、どれもこれも業界の一般常識に反することばかりです。一般常識に反していても、なにか画期的な学習方法とか翻訳方法でイノベーションを起こそうとしているということなら、百万歩譲ってまだ分かりますが、別にそういうわけではない。
そんなやり方がそうそう通用するほど、翻訳業界は甘くありませんよ。
運よく自分はそれで通用しているのかもしれないけど、よく分かっていない素人を巻き込むのも考えものです。
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コメント
関係者です。ブログ公開くださりありがとうございます。@付きでツイートしましたが、DMを解放されていないので、こちらでもコメントさせていただきます。
投稿: test | 2019/09/14 23:05:33