# 辞書編集者の本 x 3
『悩ましい国語辞典』シリーズでも知られる神永暁(かみながさとる)さんの最新刊。
神永さんは、『日本国語大辞典』の元編集長。『現代国語例解辞典』や『使い方の分かる類語例解辞典』なども、神永さんが世に送り出した辞書です。
これを読んだのをきっかけに、辞書編集者の本を立て続けに読みました。
こちらは、岩波書店で『広辞苑』や『岩波国語辞典』を作った増井元さん(2013年刊)。
こちらは、三省堂『大辞林』初版を担当した倉島節尚さん(2002年刊)。
小学館、岩波、三省堂と、いずれも日本を代表する国語辞典を担当してきたベテラン編集者ならではの話をいろいろな角度から読むことができます。ばらばらでなく、続けて読んだのでよけいにおもしろかったかも。
神永さんは、つい先日の国語辞典ナイト9にも登壇なさり、『辞書編集、三七年』に出てくるエピソードをいくつか紹介してくださったので、なかなか立体的に楽しめました。
(写真真ん中で立っているのが神永さん)
エッセイものとしては、これがいちばん楽しめるでしょう。『日国』第二版のときには、校正が六校からさらに念校、念々校まであったとか、類語情報が詳しい『現代国語例解辞典』や『使い方の分かる類語例解辞典』が生まれた経緯なども書かれています。
国語辞典ナイトでも、話し方がとてもうまく、これからも機会があったらぜひ話を聞いてみたい方です。ちなみに、この本の表紙には『日国』の第二版、第三校のときのゲラがデザインされています。たくさん赤が入ってるのは、昨年末に亡くなった・松井栄一さんの字なんだそうです。
続けての2冊は、この本で紹介されていて買ったものです。
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『辞書の仕事』の増井元さんは1945年生まれで、30数年の間に『広辞苑』と『岩波国語辞典』を担当してきた方。文章を読んでいても、「たしかに岩国の人だなあ」と感じます。3冊のなかではバランスはいちばんいいので、「国語辞典の編集ってどんな仕事か」を知るには最適です。
第4章「辞書編集者になりますか」には、国語辞典の項目について解説を書くときはどうするかという具体的な話が出ているので、国語辞典をちゃんと読みたい人は必読。第5章「辞書の宇宙へ」の「辞典、各社各様」の項は、国語辞典選びの参考にもなります。
最終章では電子辞書についても触れており、その中に興味深い一節がありました。
データ容量は圧倒的なものがあります。私個人が(中略)その容量を使って遊んでみたいことが二つあります。/一つは、『岩波国語』であれ『広辞苑』であれ、現行の版の他に、初版以来のこれまでの版のすべてを収録して、同一の項目について初版から現在の版にいたる履歴が一望できるようにした辞書が欲しいということです。
これは確かにほしい!
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『辞書と日本語』の倉島節尚さんは1935年生まれ。三省堂『大辞林』初版の企画段階から、その26年後(1988年)の発行まで共に歩んだきたという、まさに「大辞林そのもの」みたいな人です。
一九八八年に『大辞林』が出た時点では、家内よりも『大辞林』との付き合いのほうが長かった。
ということで、その言葉には重みがあります。
文章がやや冗長な印象もあるのですが、『大言海』など 古い辞書についての言及も多く、辞書の歴史はいちばん詳しく扱われています。第8章「辞書の歴史」では、国語辞典の歴史上重要な3人が取り上げらてれいます。『和英語林集成』のヘボン、大槻文彦、そして見坊豪紀です。
あ、そういえば。国語辞典ナイト9で見坊さんが「"的を得る"を誤用と言ったのは見坊豪紀です」とか、ポロッと言ってたなぁw
そして倉島さんも、「辞書の近未来」と題した丸一章を使って、これからの辞書のことを書いています。ここでおもしろかったのが「電子化辞書」という言葉。つまり、今ある"電子辞書"のほとんどは冊子辞書の媒体を変えただけなので、いわば「電子化辞書」である、と。それに対して、
人間がページを繰って引くことをまったく考慮に入れず、コンピュータで使用することだけを考えて、それに対応する構造と記述形式をもつ辞書
こそが「電子辞書」であり、まだその意味の「電子辞書」は現れていないと述べています。その条件を読むと、この本より後に出てきたWordNetが近いのかなと思われます。
「外国人のための日本語辞典が必要」ということも書かれています。
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日本を代表する辞書編集者3人。細かいところは別として、基本的な考え方は驚くほど(あるいは当然)共通していました。「辞書は規範ではない」「言葉は変わりゆくもの。辞書はその変化も記録しなければならない」……。
この3冊を読みながら、また手元の辞書と本が何冊も増えたことは言うまでもありません。
こういう方々のおかげで、手元の辞書がとんどん増えていく私たちの仕事は成り立っているのです。
11:40 午前 翻訳・英語・ことば 辞典・事典 | URL
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