# 「没交渉」の意味は? - 国語で困ったら和英も引いてみる
月曜日の朝、起きてPCをつけたら、こんなニュース見出しが目に飛び込んできました。
【今日の主要記事】 1.JASRAC、ヤマハ音楽教室とは「完全に没交渉状態」--京大は“引用”と判断
最近とかく話題になっているJASRAC問題。私が見たのは、CNET Japan のニュースレターでした。元記事はこちら。
リンク:JASRAC、ヤマハ音楽教室とは「完全に没交渉状態」--京大は“引用”と判断
「没交渉」って、こういう意味でしたっけ?
本文中では、小見出しと本文の2か所に使われています。
「完全に没交渉状態」(浅石氏)とし、ヤマハ音楽振興会などが立ち上げた「音楽教育を守る会」との直接話し合いは全く行われていない状態とした。
この書き方からすると、どう見ても
まったく交渉していない
状態を指して使っているようです。
「没交渉」と言ったら、具体的なnegotionがあるとかないとかいう話ではなく、「関係がない、付き合いがない」の意味だというのが私の理解だったのですが……、こういう使い方もあるのでしょうか。
気になったので、とりあえずコーヒーだけいれて、手元でさっと調べられる国語辞典を片っ端から引いてみました。
かかわりあいのないこと。また、そのさま。無関係。 【日本国語大】
かかわりあいのないこと。また、そのさま。 【精選版 日国】
交渉がないこと。無関係なこと。ぼつこうしょう。 【学研国語大】
交渉がないこと。無関係。 【岩波国語 七】
交渉をもたないこと。かかわりあいのないこと。ぼつこうしょう。 【明鏡国語 二】
かかわるところが無いこと。ぼつこうしょう。 【新明解 七】
※四、五、六も、かなづかいを除けば同じ
交渉がなく関係が断たれていること。また、そのさま。 【大辞林】
かかわりあいのないこと。無関係。ぼつこうしょう。 【広辞苑 六】
交渉がないようす。無関係。ぼつこうしょう。 【三省堂国語 七】
交渉がなく関係が断たれている。また、その状態。=ぼつこうしょう。 【ベネッセ表現】
交渉のないこと。ぼつこうしょう。【角川 必携】
(「ぼつこうしょう」とも)かかわりあいのないこと。無関係。 【国語大辞典】
(ぼつこうしょう)
交渉がないこと。かかわりをもたないこと。また、そのさま。無関係。 【デジタル大辞泉】
(ぼつこうしょう)
交渉のないこと。無関係であること。 【現代例解】
(ぼつこうしょう)
交渉がないさま。無関係なさま。ぼっこうしょう 【集英社】
(ぼつこうしょう)
交渉のないこと。無関係であるさま。 【国語新辞典】
※下線は引用者
ちなみに、親見出しは最後の4つが「ぼつこうしょう」、残りが「ぼっこうしょう」でした。
「交渉」の語が使われていないのは、下線を引いた4つだけ(日本国語大、精選、広辞苑、新明解)で、ほかはすべて
交渉がない
という否定の形で説明されています。これなら、冒頭にあげたニュースでの使われ方も、間違っていないことになります。でも、もちろんこれではちっとも納得できません。こういうときは、もとになっている「交渉」も引かないとダメです。今度は二、三の例でいいでしょう。
①相手と話合いをして、取り決めようとすること。かけあうこと。「諸外国と―する」「値引きを―する」「団体―」
②かかりあいをもつこと。関係。つきあい。「彼女と―がある」「没―」 【岩波 七】
(1)ある事柄を取り決めようとして、相手と話し合うこと。かけあうこと。かけあい。談判。
(2)かかわりをもつこと。また、かかわりあい。特に男女の性的な関係。 【日国】
どうやら、大きく2系統の意味があるようです。
「没交渉」=「交渉がない」という定義なら、なるほど、どちらの意味の否定でも使えることになります。そうすると、やはり件のニュースの使い方は、問題ないということになる。
ただし、岩波で②のほうの用例として「没-」があげられている点は、注目すべきでしょう。
② 人と人との交わり。かかわりあい。関係。 「没━」【明鏡 二】
2 交際や接触によって生じる関係。かかわり合い。関係。「悪い仲間との―を絶つ」「異性と―をもつ」「没―」 【デジタル大辞泉】
などの用例も同じでした。これを見ると、やはり「没交渉」は「関係」「かかわりあい」がないことであって、「negotiationがない」という話ではなさそうです。
もとの「交渉」に2系統の語義があって、否定形「没交渉」にも、その2系統に対応する使い方があるなら、「没交渉」を「交渉のないこと」と説明してもいいでしょう。しかし、2系統のうち一方の否定でしかないとしたら、「交渉のないこと」という語釈には問題あり、ということにならないでしょうか。
少納言で調べても、「negotiationがない」と解釈できる例は、皆無ではありませんが、少数派です。
青空WINGもざっくり調べてみました。178件ヒットします(2017/3/4完全版)。
彼の気分とは没交渉に、皆その日の生計を励んでいる。【芥川】
奇妙にも葉子とは全く無関係で没交渉だった。【有島】
其は古代の文法からは、没交渉なものと謂はねばならぬ。【折口】
……などなど、やはり「negotiationがない」系は見つかりません(全部は見てませんが)。
少納言や青空WINGでここまで確認できれば、やはり「没交渉」を「交渉のないこと」と書いてしまうのは、よろしくない気がします。
そして、翻訳者であれば、さらに
和英辞典
まで確認しておけば安心です。
彼の人生は芸術とは没交渉だった His life had nothing to do with art.
彼は世間とは没交渉だ He stands aloof from the world.
あの人たちとは没交渉です I do not associate with them.
国民の感情とは没交渉に政界の駆け引きが行われている Political maneuvering is being carried on regardless [quite independently] of the people's feelings. 【プログレッシブ英和中】
ぼっこうしょう【没交渉】
lack of relation 《to…》. [⇒むかんけい]
…と没交渉である have no connection [relation, concern] with…; have nothing to do with…; have no hand in…; be independent of…
・その後彼女の家とはまったく没交渉である. Since then we have had nothing at all to do with her family.
…と没交渉に independently of…
・彼らは世間と没交渉に生きている. He stands aloof from the world. | He has cut adrift from society. 【和英大】
ぼつこうしょう〔没交渉〕
〈形〉Having no concern with (anything)
◆僕はそんなことには没交渉だ I have no concern with―have nothing to do with―such matters.
◆これと彼とは没交渉だ This has nothing to do with that.
◆彼は研究に夢中になっているから世間とは没交渉だ He is so absorbed in his study that he has no concernment with the world. 【斎藤和英】
※下線は引用者
このように、negotiationの意味で使われている例は、ひとつもありません。
以上のことから、かなり多くの国語辞典が「没交渉」を「交渉がない」系で説明している現状はいかがなものか……という結論になりそうです。
■
ところで、今回ニュースになったケースでは、この表現を使ったのはJASRAC側だったようです。
進捗については「完全に没交渉状態」(浅石氏)とし、メディアであるCNETさんがこんな使い方をしたのではないことが、救いといえば救いでしょうか。
11:23 午前 翻訳・英語・ことば 辞典・事典 | URL
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コメント
私は「没交渉」を、単に「交渉がある」の否定より、もっと狭い意味で使っていました。
それは2番目の意味の、人間関係面の接触が途絶えていることのほうで、
かつ、「途絶える」とは、過去に一旦は関係を取り結んだ経緯があったという趣旨です。
「没」は、生きているものが死ぬこと、検討・評価した結果それを使わないと決めること、だから。
過去に1度もステージに乗ったことすら無いなら、それは「没」とは言わないのではないか。
白い都は禿帽子屋氏と最近、「没交渉」だ。
とは言うけれど、
白い都は今上天皇陛下と「没交渉」だ。
とは言わんでしょ。
投稿: 白い都 | 2017/06/09 9:22:48
日本語の意味を知るのに、外国語に置き換えるとニュアンスがはっきりする場合がある
とご意見には深く賛同いたします
投稿: 白い都 | 2017/06/09 9:27:08
たしかに、ご指摘のとおりですねー。そうそう、そういう使い方のほうが、私もいちばんしっくりきます。
> 白い都は禿帽子屋氏と最近、「没交渉」だ。
すっかりご無沙汰しております。東京にお越しの際は、ぜひあっちにメールででもお知らせください。
> 白い都は今上天皇陛下と「没交渉」だ。
受けた受けた^^
投稿: baldhatter | 2017/06/14 19:37:19