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2016.02.29

# センテンス単位のインターフェース

長くなるので前エントリーでは触れませんでしたが、CATツールが翻訳の世界に持ち込んだいちばん大きいマイナスは、センテンス単位のインターフェースです。

センテンス単位の翻訳が当たり前になりすぎたせいで、ぶつ切り翻訳が当たり前になって、それがもう普通にまかり通りつつあります。

いろいろな事情で、CATツール案件を引き受けざるを得ない場合は(私も、一部はそうです)、できるだけツールのインターフェースから自由になった形で翻訳することをおすすめします。

文章は、全文を通してひとつの世界を構築しています。

その世界を構成する次の単位が段落、最小単位が文です(単語だとか、そういう話は別として)。その段落と段落、文と文は、いろいろな関係でつながっています。

接続詞などなくても、文と文の間にはつながりがあるものです。抽象→具体とか原因→結果の展開だったり、だいてい原文を読むときには無意識にそういう関係を読み取っています。あるいは、前方予測性とでも言いましょうか(なにか専門用語があるのかもしれませんが)、前の文を読んだら、次の文は当然こうなるという流れがありますよね。逆に、後方参照性かな、後ろの文を読むとき、前の文が前提になっているという流れ。

そういう文と文のつながりは、ふつうなら訳文にも反映するところです。

ところが、センテンス単位のインターフェースに接していると、そういう関係がたちまち見えなくなってしまいます。自分がどんなに注意しているつもりでも、目の前に置かれた「ワク」の力というのは想像以上に強いものです。

以下、具体例を挙げてみます。

As humanity evolves, we find more efficient ways to communicate. Grunting led to talking, which led to writing, which led to letters. We put those letters down with giant feather quills, then with printing presses, then with small plastic keys, and sent them out into the world first as bound books, as telegrams, and as emails. But it's only now, in space year 2015, that we've truly understood our ultimate form of communication ― emoji.
http://www.theverge.com/2015/11/4/9668136/emoji-keyboards-put-ghosts-and-smiling-poop-at-your-fingertips

某定例トライアルにも出題した文章です。

第1文で、"more efficient ways" を読んだ時点で、読み手はおそらくwaysの説明を期待します。第2文には、その期待どおりwaysの例示(talking→writing→letters)が続きます。例示であると同時に経時的変化です。その変化軸が第3文にも続きます。しかも、第3文は前半(feather quills→printing presses→small plastic keys)と後半(bound books→telegrams→emails)のそれぞれに流れがあります。

そういう流れ・つながりを翻訳に反映しないと、たぶん読みにくい日本語になるはずです(実際には、thoseとかthenとかキーワードがあるので、素直に訳していけば大丈夫でしょう)。

これは元がニュースなので、単純な産業翻訳案件とは違う、という感想もありそうなので、ではもうひとつ。家電製品の取扱説明書を見てみましょう。ネットでぱっと見つけて拾ってきた文書です。

Most electric cooking equipment uses two different electrical circuits. The heating elements usually run on 220 volts, and accessories such as lights, timers and rotisserie motors run on 110 volts. There are a few notable exceptions. Some smaller "apartment" cooktops run on 110 volts. Also, in some fixed-temperature switch applications, 110 volts is applied to a 220 volt surface unit (burner) to achieve a "low" heat setting.
http://www.appliancerepair.net/oven-repair-1.html

これも、第1文の "two different electrical circuits" を読んだ時点で「その2つの説明が続くよね」という予測がはたらきます。第2文でその予測が解決されます。第3文の "a few notable exceptions" でも同様の予測がはたらき、第4文と第5文がその説明になっています。

第1文の前方予測性を考えたら、第2文の訳としては、たとえば「ひとつは~、もうひとつは~」と訳したいところです。少なくとも「220ボルトで動作する~と、110ボルトで動作する~です」くらいにはしたくありませんか?

では、こういう原文が、こんなインターフェースで目の前に出てきたらどうでしょう。

1602291

第1文のことを忘れて、第2文を「~は220ボルトで動作し、~は110ボルトで動作します」と訳しても、たぶん合格でしょう。むしろ、第2文だけの独立性が保たれているのだから、既訳として残すには下手をすると、こっちの訳し方のほうが推奨されかねません。

いろいろ候補を考えたうえで、こういう訳になったのなら、それはそれで、その人の翻訳流儀と考えてもいいでしょう。が、ひとつのセンテンスに対してひとつの訳文を対応させ、そのほかの訳の可能性をみじんも考えなかったとしたら、それはすでにかなり重症です。

こういう訳で合格(もしくは推奨)という世界で仕事をしたいかどうか、それはもちろん個人の自由です。

ひとつだけ注意したいのは、こういうセンテンス単位で作業していて、「自分は意識しているから大丈夫」と思って接している場合です。本当に大丈夫かということ。

いえいえ、人のことを言ってるのではありません。わが身をふり返っての実感を書いているだけです。

12:08 午後 TRADOS, 翻訳・英語・ことば |

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コメント

Tradosについてググるとこちらに辿り着くことも多くいつも参考にさせて頂いてます。有難うございます。
baldhatterさんのようなオピニオンリーダーが前のエントリのように本質を突く提起をされたり、実は離脱方向に動いてらっしゃるとのことだったりで、なんだかお先真っ暗な気分です(笑)一介の翻訳会社勤務ですが、楽になってませんね。

さてTradosの分節規則をEnd of Paragraphだけにしているところがあるのですが、これなどいかがでしょうか。何か御説はございますか?
baldhatterさんならどう考えるか参考までに教えていただければ幸甚です。

投稿: flower33 | 2016/08/10 21:49:23

flower33さん、コメントありがとうございます。

> 分節規則をEnd of Paragraphだけにしているところがあるのですが、これなどいかがでしょうか。

そうですね。私の知っている範囲でも、パラグラフ単位で翻訳している例はいくつかあります。ひとつの方法だとは思います。

が、実務的に言うと、当然ながらセンテンス単位のマッチ率は下がるので、翻訳者がよほどしっかりコンコーダンス検索を使わないと、既訳資産が活かされないというマイナスがあります。

また、このエントリで書いたようなそもそもの翻訳を考えた場合は、「センテンス単位でぶつ切りになる」ことの延長として「パラグラフ単位でぶつ切りになる」ということだってあるわけですよね。センテンス単位よりは目立たないと思いますが、パラグラフどうしのつながりというのもあるわけですから。

最後に、現実的な問題として、「パラグラフ単位の一致って、実際にはあんまり訳に立たないのでは?」という問題があります。私が知っている例で、企業のWebページのようなコンテンツの部分改定なら、パラグラフ一致(完全、あいまい)を参考にできますが、一般のホワイトペーパーなどでは、再利用性はほとんどない気がします。

投稿: baldhatter | 2016/08/10 23:17:05

お礼が遅くなりました。ご返信有難うございます。
パラグラフ単位のお話も ローカライズ業界の話 というエントリなどでずいぶん前にとっくに話題になっていたのですね。

今後もいろいろと勉強させていただきます。
本家の文書はどうも読みにくくて…
(今日はmain translation memoryを主要な翻訳メモリと訳してあるのを見つけました。)

投稿: flower33 | 2016/08/23 20:23:54

> 本家の文書はどうも読みにくくて…

新しいバージョン、2017の案内メールが届いたんで見にいきましたが、ほんとに何というかもう... という日本語ですよね。こういう日本語がスタンダードになりつつあるというのは困ったもんです。

投稿: baldhatter | 2016/09/04 8:16:10

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