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2015.01.05

# 帽子屋が見た『アオイホノオ』~第2話

第2話「残念な毎日から脱出せよ」

第2話もネタ満載です。

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[山賀]なんだよ [庵野]ルパンだよ [山賀]ルパンをわざわざ見に来たのかよ [庵野]今日は宮崎さんの作画なんだよ

ここで言ってるルパンとは、1977年から始まったテレビ第2シリーズのこと。そして、庵野が大画面で見たかったこの日の放送こそ、宮崎駿が照樹務というペンネームで脚本・演出・コンテを担当した伝説的なエピソード

第145話「死の翼アルバトロス」

です。放映が1980年7月28日なので、まさに焔モユルや庵野たちが1回生だったときのこと。

今ちょうど、huluで第2シリーズ全話が公開されています。

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宮崎駿が世間一般に知られるようになったのは、スタジオジブリ設立直前の『風の谷のナウシカ』(1984年)から、そしてその名がもっと大々的に広まるのは、やはりジブリ設立後だろうと思いますが、宮崎ファンというのはその前から存在していました。

『未来少年コナン』(1978年)や『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)、同時期の日本アニメーションの数々の作品、なかでも『赤毛のアン』(1979年)の頃には、私の周りでもだいぶ話題になり始めます。と同時に、それ以前の東映動画時代の作品、特に『長靴をはいた猫』(1969年)や『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968年)も、「あのときの原画だったのか」という感じで改めて注目を集め、1980年代前半には、そういう古い作品も含めた宮崎駿特集があちこちの名画座で企画されました。

庵野がつぶやく「これは宮崎演出」というのは、たとえばこのコマなどでもわかっていただけるでしょう。

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そして、「ギガント、これはギガント」と言いながら画面を指さす。エピソードタイトルにもなっている飛行艇アルバトロスのことを言ってるのですが、

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ギガントという名前は『未来少年コナン』の終盤に登場する、やはり巨大な飛行機械のことです。

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アルバトロスとの空中戦が、このギガントとの空中戦にそっくり。

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つまり、庵野は(そして、同じ時間に同じ番組を見ているモユルも)この数年前にNHK初のアニメとして放映された『未来少年コナン』を当然ながら見ていたということです。

ちなみに、ルパン第2シリーズというのは宮崎駿作品ではなく、この第145話と、最終回となる第155話「さらば愛しきルパンよ」だけが宮崎作品でした。第2シリーズは見るともなく見る程度でしかなかった私の仲間ウチでも、この2本だけは話題になりました。時間軸でいうと、

1972年 第1シリーズ終了
1977年 第2シリーズ開始
1978年 劇場版第1作公開
1979年 劇場版第2作『カリオストロの城』公開
1980年 第145話、155話放映

だったので、カリオストロを見せられた宮崎ファンがこの2本に夢中になったのは当然だったわけです。

[庵野]『あしたのジョー』の出崎さん……

言うまでもなく、2011年に他界した出崎統のこと。

ちなみに、出崎の遺作となった『ブラック・ジャック(OVA)』、年始にファミリー劇場で一挙放送したので初めて見ましたが、なかなか傑作です。


[庵野]高畑さんは『赤毛のアン』

最近は共同で作品を作ることがまったくなくなってしまった宮崎駿と高畑勲ですが、その二人が生みだした傑作が、日本アニメーションの『赤毛のアン』でした。


[庵野]二代目バルタン星人の重力波攻撃をくらっている初代マンの動きだよ。ダメージを表現している

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これも、今ならhuluで見られます。『ウルトラマン』第16話「科特隊宇宙へ」の21分あたりです。

ただし、実際に第16話を見てみると、この動きはあくまでも庵野が「ダメージを表現している」だけであって、実際の作中の表現とは同じでないことがわかります。

[トンコ]でも、この石森章太郎の『マンガ家入門』って本、マンガは誰にでも書けますって書いてあるし。

はい。この本を持っていた人、正直に手を挙げましょうw

私ももちろん持ってましたwww

[モユル]まず、その金田うごき。

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モユルが口にする「カナダ」とはアニメーター金田伊功(故人)のこと。かなり早くからアニメーターとして名前を知られるようになった人のひとりでしょう。その絵の特徴については、モユルが作中で熱く語ってくれます。

原作本では「かなだよしのり」という本名どおりのルビが振ってありますが、仲間ウチではみんな「いこう」と呼んでた気がします。

なお、このドラマのオープニング自体でも、人物の動きが金田伊功っぽく描かれています。

それにしても、音楽でも絵でも、このドラマで使えた作品と使えなかった作品、たぶんライセンスの問題だと思うのですが、いったいどんな事情があったんでしょうねー。

そして、同世代の視聴者の多くが狂おしいほど共感するに違いないシーンがこれ。

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クラスメートの高橋がビデオデッキ、しかもあの伝説の機種、

SONYベータマックスJ9

を持ってくる場面です。

1980年の時点では、仲間ウチでビデオデッキを持っているのはまだ1人だけでした。私自身がようやく入手したのは1981~82年頃だったと思いますが、こうやって、重い重いビデオデッキをかついで遊びにいくというのは、当時当たり前の風景でした。

やりましたよね? ね?

私らの場合は、主にビデオのダビングがしたいとき、誰かが誰かの家まで機械を担いでいくというのが定番でした。

ちなみに、このクラスメートの高橋、原作マンガでは素顔が出てきません。

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こうやって、自家製のライダー風マスクをかぶっているからです。

第2話でもうひとつうれしいのが、この本屋さんの情景。『めぞん一刻』第1回掲載号の「ビッグコミックスピリッツ」をモユルが買おうとする場面です。

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店主の後ろの棚には『ブラック・ジャック』や『じゃりン子チエ』、秋田書店版『サイボーグ009』などが並んでいますが、平積みの棚には、この3年前の1977年から刊行が始まった手塚治虫全集の、たぶんこの時点での最新刊4点が並んでいます。

いちばん奥は判別できませんが、手前から『鉄腕アトム』、『ビッグX』、『ミクロイドS』のようです。

全集のこのときの刊行作品がどれだったのか、資料も見つからないし私の記憶もありませんが、Wikipediaの「手塚治虫漫画全集」によると、『ビッグX』と『ミクロイドS』の刊行は1981年です。

この時点でモユルたちはまだ1回生のはずなので、この小道具は、素晴らしいんだけど考証がちょっと狂ってしまった例と言えるかもしれません。

さて、この講談社版「手塚治虫全集」。刊行が始まった1977年というのはちょうど私が高校1年生のとき。

刊行開始を知ったときは狂気乱舞しましたが、当時で1冊400円が毎月4冊ずつ(初回だけは確か8冊)。高校生にとってはなかなかの負担でした。それでも、毎月発売日になると何をおいても本屋に走り、コンプリートを続けていました(結局、300巻(後に400巻)全部は揃えられず、たぶん実家にあるのは半分くらいです)。

[本屋のおばちゃん]なあ、おにいちゃん。あんた、マンガ詳しいんやろ。このアニメ、なんて言うん?

本屋のおばちゃんの台詞に続いて写るこの画面。

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モユルが答えるとおり『伝説巨神イデオン』の1シーンですが、このとき画面に映っているのがまさしく

イデのマーク

なわけで、終盤に流れるダイコン3オープニングの伏線になってるんですね。

[高橋]これ、最新のアニメ雑誌なんやけど……

そう言いながら高橋が取り出すのは、当然「アニメージュ」なわけですが、

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カリオストロの1シーンが写っているこの号は、調べてみたら、1979年11月号みたいですね。ドラマ中のこの時点で「最新のアニメ雑誌」じゃない……。


12:40 午前 アニメ・コミック・サブカル, 映画・テレビ |

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