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2014.07.20

# JATアンソロジー原稿、締め切り迫る!(会員限定)

今年も、JATアンソロジーの季節がやってきました。

リンク:「翻訳者の目線」原稿募集のお知らせ | 日本翻訳者協会


過去2回のアンソロジーを手に取ったことがある方はご存じのとおり、とても感じのいい体裁の小冊子に、あなたのエッセイが載ります。


ただし、(このブログでの紹介が後れたせいですが)締め切りは7/23(水)です。

7/23と書いてある以上、

日本時間の7月23日23:59


までは受け付けてくれるはずですので、JAT会員のみなさんは、ぜひ奮ってご寄稿ください。


なお、

日本語:2100文字以内、英語:1200ワード以内

ということになっていますが、短くてもまったくかまいません(長さについて詳しくは後述)。



かく言う私も、過去2回のアンソロジーには寄稿しました。

こんなつまらん原稿でもいいんだ、という見本のために、私の過去の寄稿を転載します(無断転載に当たるけど、ま、いいか)。


【2012年アンソロジー】

翻訳者、立ち止まって考える

「翻訳とは何か」なんて大上段に構えたら、キーボードを打つ手が止まって先に進めなくなりそうだ。

指定されたツールを使って淡々とセグメントを埋めていくローカライズ案件はあまり「翻訳」らしくないかもしれないが、これもまあ翻訳のお仕事。20年以上前に世に出てその後絶版になっていた翻訳本がちょっとしたきっかけで別の会社から再版され、どうやらそれがiPhoneアプリになりそうだとか、これも私がやってきた翻訳。毎朝9:00すぎにお客さんから電話がかかってきて「AKB48の総選挙をネタにしたスパムが出回っています」みたいな内容を訳して同じ日の午後には納品し、それが数時間後にはWeb上に公開されてお客さんの気に入る表現に変わっている箇所もあって、納得できる場合もあれば「せっかく凝ったのに、つまらないタイトルにされた」とがっかりする場合もある、それも今の私にとっては翻訳。

「人間とは何か」とか「生きることの意味は」などと深く考えはじめたら日々の生活に支障をきたしてしまうから、人はとりあえず毎日を一所懸命に生きている、「翻訳とは何か」という問いもそれに似ていて、ふだんは目の前にある原文をただ訳していく。それでいい。でも、だからこそ一年に一度くらい、この問いに真剣に向かいあってみるのもいい。答えは出ないだろうけれど、もしかしたら「生きることの意味」を追い求め続けることこそが「生きる」ことであるかもしれないように、「翻訳とは何か」というのもたぶん考え続けていくしかないテーマなのだろう。

だから私は折にふれて、故・山岡洋一氏の『翻訳とは何か-職業としての翻訳』を読み返す。一度しかお会いしたことはないが、そのとき拝見したあの厳しくも優しい「翻訳者の目」を思い出しながら。


【2013年アンソロジー】

Lost and Found in Translation

ITがここまで進化してきたのは、実はすべて翻訳者のためだったというのが私の持論だ。

私がはじめて翻訳で対価を得たのは、今からほぼ30年前のこと。まだ原稿用紙とペンと紙の辞書という時代で、400字詰め10枚の原稿を納品するまでに、その4~5倍の紙を無駄にしていた。ワープロというものが登場したとき、「これは翻訳者のための道具だ!」と確信した私は、毎月1万円の60回リースという業務用ワープロにすぐ飛びついた。コピー、カット、ペースト。画面上だけで字句の並びを自由に変えられるなんて夢のようだと思った。ほどなく、パーソナルコンピューターで「使い物」になるワープロソフトが出そろう頃になると、辞書もコンピューター上で引けるようになった。ページをめくらなくても、単語をコピーして貼り付ければ語義がそこにある。しかも場所を取らずに何冊でもそろえられるし、串刺し検索などという芸当も当たり前になった。そして、パソコン通信の時代を経てインターネット環境が整い始め、常時接続が当たり前になると、調べ物さえコンピューター上で済むようになった。そのインターネットが成熟し、SNS全盛の時代になると、「翻訳者は孤独なもの」という通年さえ過去のものになってきた。

今、こうしたITの恩恵をすべて取り上げられたら、はたして自分は翻訳という仕事を続けられるのだろうか、と思うほどだ。それほどありがたい環境で日々翻訳に食べさせてもらっている自分が、「翻訳とは何か」という命題を突きつけられてみると、こんな声が聞こえてくる。

「それほど道具も環境も有利になったのだから、今の翻訳者は、紙と原稿の頃に比べてさぞかし素晴らしい訳文を書けるようになっているんだろうね」

この問いに、はたして自分は「はい」と答えられるのか。答えられない自分に足りないものは何なのか。それを考えることが「翻訳とは何か」の、少なくともヒントになりそうだ。満月を眺めながらちょっと考えてみよう。

それぞれ700~800字前後ですが、これでアンソロジー1ページちょうどくらいです。つまり、このくらいの長さでもいいってことです。

こんな本もちょっと話題になってるみたいですし、この連休に、800字くらいを目安に何か書いてみませんか?

12:57 午後 JAT・JTF |

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