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2014.07.28

# Godzillaはゴジラだったがゴジラではなかった

★★☆☆☆

あらかじめお断りしておきます。

私はたぶん、CG不感症になったようです。トランスフォーマーもスマウグも、そしてギャレス・エドワーズ版ゴジラも、どうにもピンときません。私の評価については、その点を割り引いてお読みください。


というわけで、エメリッヒ版『GODZILLA』の汚名を晴らすべくハリウッドが送り出した今回の『Godzilla』。世界的にも大ヒット、本家の日本でも総合的には評価が高く、アレとかアレが登場する続編の制作も決定したそうですが、私的には、ちょっと期待外れだったかな、というところです。

以下、ネタバレも含むのでご注意ください、。






===== ネタバレシールド全開=====






本家ゴジラに対するリスペクトは十分に感じられた。オープニングもかなりよかった。1954年版『ゴジラ』の設定は踏襲せず、それでいて1954年に最初の遭遇があったという設定もまあ嬉しい。

リンク:樋口尚文の千夜千本 第13夜「ゴジラ」(ギャレス・エドワーズ監督)(樋口尚文) - 個人 - Yahoo!ニュース

しかし、このたびのハリウッド版「ゴジラ」は最大の成果として、この「怪獣を畏怖する(=見上げる)視座」にとことんこだわっている。

そういう視点でとらえた怪獣(たち)の撮り方は確かにうまい。スケール感の演出も申し分ない。そもそも当のゴジラはなかなか姿を現さない、その焦らし方なども監督は実に良く心得ている。


ではあるんだけど、じゃあ渡辺謙の"芹沢"が言う「controlできない絶対的な存在」に対峙した「人類の無力感」が感じられたかというと、いかんせんそこは弱かった。なんでかというと、迎え撃つアメリカ軍の物量感もまた半端なくて、あれならどんな怪獣が来ようがいくらだって迎撃できんじゃね、という気にさせられるからだ。

核兵器という最終的なオプションの行使もあっさりOKで(科学者たちが抵抗する場面はもちろんあるけど)、怪獣(たち)より、アメリカ軍の"すごさ"のほうがいろんなところで印象に残ってしまった。

にもかかわらず、そのアメリカ軍のやることが、実は随所でしょぼい。 M.U.T.O.---というのが、今回の相手役怪獣に与えられた唯一の名前。そういリアリティーはあるんだよね--- が電磁パルスを放つってわかってるのに、ジェット機飛ばして市街地に墜落させちゃうし、核ミサイルの扱い方もなんだか行き当たりばったり。


こんだけ壮大なフィクションが結局は主人公ファミリーの話に収束しちゃうってのも、アメリカ映画の悲しい性とはいえ、いただけない。エイリアンが来て地球征服の危機が迫ろうが、地球直撃コースの隕石を破壊しに行こうが、最後は主人公を取り巻くファミリードラマで終わっちゃうという。

見たいのはゴジラなんだよ、

怪獣なんだよ。夫婦親子が抱き合うシーンじゃないんだってば。


そして、ハワイでもロサンゼルスでも、あれだけの被害が出ているというのに、破壊される街並みにも、逃げ惑う人々のシーンにも、今ひとつ悲惨さ切実さが感じられない。1954年『ゴジラ』に及ばないのはやむをえないにしても、モブシーンはせいぜいが平成シリーズの「いかにもエキストラを集めて走らせました」的な雰囲気しか出ていない。

それでふと気づいたんだけど、アメリカって、日本やイギリス、ドイツ、フランス、中国と違って、自国の国土が外国との戦争で戦火にさらされた経験、あるいは他国の侵入を受けた経験が、実はまったくないんだよね。外敵に侵されるという国民的記憶が少しもない。あるのは、内戦と、せいぜいが植民地時代の局地戦の記憶だけ。

そう考えて思い出してみると、どんな大作でVFXがよく出来ていても、アメリカが外敵の攻撃で破壊される場面って、どこか空々しくって他人事みたいな空気が漂っている気がしないでもない。本当に経験したことがないから想像するしかなくて、その想像力と描写力は実にたいしたものなんだけど、しょせんは作り話という空気しか伝わってこない。

一方、同じような破壊の場面でも、犯罪者とかテロリストとかミュータントとか、外敵ではなく「内なる敵」の話になるとにわかにリアリティーを帯びてくる。内戦は経験してるから。


そもそも、おそらくはシリーズ化も見据えて、ハリウッド版リベンジ仕切り直しとして「Godzilla」をやる以上、今回は単独出演でもっともっと「ゴジラの恐怖、圧倒的な存在感」を描ききることに終始すべきだった。それを、最初っからVSものにしちゃったのが残念でならない。なんでゴジラが M.U.T.O.と闘うのか、その理由付けはあるんだけど、その点では平成ガメラシリーズが先にやっちゃってるし、それにとうてい及ばない。

言ってみれば、

志としては1954年版『ゴジラ』で始めたのに、途中から昭和シリーズ中期みたいになって終わっちゃったよ。

という印象(わかりにくいか^^)。


なによりね、個人的には最初から最後まで、

怪獣映画のワクワク感

を感じられなかった点がいちばん残念。

「怪獣が出るぞ」というワクワク感だけは、本家東宝のシリーズが昭和、平成、ミレニアムでそれぞれどんなに悲惨な落ち方をしたときにでもちゃんと残されていた。

このワクワク感の正体を説明するのはなかなか難しいんだけど、たとえば同じハリウッド映画でもMarvelヒーローものにはちゃんと、共通するワクワク感があるでしょ。あの感じ。

そういうワクワク感がつまった怪獣映画を観たいなぁ。

02:01 午前 映画・テレビ | | コメント (2)

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2014.07.27

# フェロー・アカデミー「双方向Web授業」

しばらく前にもお知らせしましたが、インターネットを利用して翻訳の授業を展開するオンライン授業、第2弾が始まります。

リンク:フェロー・アカデミー 【双方向Web授業】


前回(今年の2、3月)は、なかば実験的に実施した私のITニュース翻訳講座のみでしたが、今回は私のほかにミステリー翻訳コースも開催されます。

オンラインシステムを使う分、通学講座より割高ですが、最近の回線速度のおかげで、いわば一対多でありながら擬似的に

一対一

のコミュニケーションで授業を進められる、よく出来たシステムです。

しかも少人数制なので、ひとりひとりの答案について具体的に改善案を提示できるので、通学講座より高密度です。


東京近郊以外にお住まいの方、あるいはこのくそ暑いなか出かけていくのは勘弁~という方におすすめです。

08:55 午後 翻訳・英語・ことば | | コメント (0)

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2014.07.24

# ゴジラシリーズの究極サントラCD

先週書いたように、1954年版『ゴジラ』を再鑑賞して以来、頭のなかがしばらく東宝特撮していて、以前から気になっていたこれ、

リンク:サウンドトラック>ゴジラ

の「BOX1」だけようやく買ってみました。


いやぁ、ご本家東宝が「パーフェクト」と称して自ら出しているだけあって、このシリーズはなかなかマニアックです。

ちなみに、BOX1~6の内容はこうなっています。

BOX1
昭和シリーズの前期、『ゴジラ』(1954)~『三大怪獣地球最大の決戦』の5作品 + 特典CD

BOX2
昭和シリーズの中期、『怪獣大戦争』~『オール怪獣大進撃』の5作品 + 特典CD

BOX3
昭和シリーズの後期、『ゴジラ対ヘドラ』~『メカゴジラの逆襲』の5作品 + 特典CD

BOX4
平成シリーズの前期、『ゴジラ』(1984)~『ゴジラvsモスラ』の4作品 + 特典CD 2枚

BOX5
平成シリーズの後期~ミレニアム第1作まで、『ゴジラvsメカゴジラ』~『ゴジラ2000 ミレニアム』の4作品 + 特典CD

BOX6
ミレニアムシリーズ『ゴジラ×メガギラス G消滅作戦』~『ゴジラ FINAL WARSム』の4作品 + 特典CD 2枚


平成シリーズ以降の音楽には特に思い入れもないので、資料価値には惹かれますが、まあぜんぶ揃えたりはしません。


では、まずBOX1のジャケット写真からご覧ください。


140724_g1
『ゴジラ』(1954年)


140724_g2
『ゴジラの逆襲』


140724_g3
『キングコング対ゴジラ』


140724_g4
『モスラ対ゴジラ』


140724_g5
『三大怪獣 地球最大の決戦』


わかる人にはわかるすぎるくらいわかる、特に詳しくない人でもこれだけ並べられればわかるだろうというこのジャケット写真たち。たぶんほかのBOXも同じように続くんでしょうね。


で、ライナーノーツには、楽曲の情報がけっこう詳しく解説してあり、

140724_g23

特にこんなデータまで載っているので、資料価値がなかなか高くなっています。


特に呆れた 感心したのは、ボーナストラックとしてこんな曲まで入っていること。

140724_g24

「ゴジラさん」「うちのアンギラス」だってwww

この2曲は、「ゴジラの逆襲」公開年に発売されたSPレコードを復刻したもの。原盤はビクター。

と解説されていますが、きっと当時の便乗商法だったんでしょう。私はもちろん、今回初めて聞きました。


そして、いちばんヤラレタ~と思ったのが、このライナーノーツの裏表紙です。

140724_g12


140724_g22

上が『ゴジラ』の河内桃子。平成シリーズ最終作の「デストロイア」にも同じ役柄で登場します。

下が『ゴジラの逆襲』の若山セツ子。別冊映画秘宝の「東宝特撮女優大全集」にも載っていません。実際、劇中でも地味です。

つまり、裏表紙をかざるのは、各作品の(いちおう)ヒロイン女優たちなんですね。


……ということはですよ。このまま進んでいけば……


140724_g32
浜美枝、『キングコング対ゴジラ』より。キングコングに連れ去られます。


140724_g42
星由里子、『モスラ対ゴジラ』より。若々しい、清楚系。


……と続くわけですからね。そうなれば当然、次はこうですよ。


140724_g52

キタ━(・∀・)━!!!!、若林映子!




金星人の若林映子!




サルノ王女の若林映子!!




わたし的に、日本映画史上最高の美人です。若き日の八千草薫には負けるけど。


つい取り乱しました。← こういうファン心理を突いてくるあたりが、このシリーズのいちばんニクいところと言えるでしょう。


特典CDもうれしい1枚です。

140724_gost

アナログ版を持ってましたが、CDで久しぶりの再会です。実は、この1枚も選曲はけっこうマニアック。なにしろ、1曲目が有名なゴジラのテーマでも、フリゲートマーチでもなく、

「黒部谷のテーマ」

です(すいません、もうわかる人にしかわかりませんね)。昭和シリーズ15作品から、なかなか絶妙な選曲で構成した素晴らしいコンセプトアルバム。


ということで、BOX1はたいへんいい買い物でした。

本当かどうかわかりませんが、

各BOX共限定1954個製造

だそうで、私の手元にあるのがシリアルナンバー1199です。

04:08 午後 映画・テレビ | | コメント (0)

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2014.07.21

# 「読ませるIT翻訳」の宿題~資料の信頼性ということ~

ちょっと時間が経ってしまいましたが、5/31と6/14にサン・フレア アカデミーで開催した標題のセミナーで、

high-level

という単語を"宿題"にしました。

おおむねはセミナーのときに説明しましたが、宿題の趣旨は以下のとおりです。

high-levelという語が、「高級」とか「ハイレベル」を表すのではなく、「概要、大枠」の意味で使われることが多いのは経験的にわかっています。が、これを明確に示した信頼性の高い資料が見つかっていません。何かないでしょうか。

これに対し、何人かの方から"答案"をいただきましたので、一部を紹介しつつ、私なりの"解説"をしておこうと思います。

ある方からは、

・シソーラスにおける上位語はおおまかな意味を持ち、下位語になるほど具体的になる

・以前から「トップダウン」という言葉があり、ここでも上位から下位になるほど具体化する

というご指摘をいただきました。そうですね。そういう事実は確かにあります。が、これも定着している慣例を示していただいただけで、「経験的な定義」の域を出ていません。


それから、いくつか個人ブログをご紹介くださった方もいます。

http://blog.livedoor.jp/projectfinance/archives/51890277.html

http://bistrogoody.blog56.fc2.com/blog-entry-112.html

http://homepage2.nifty.com/tnatori/trans/mistrans.html#041005a

最後のページは私も見たことがありました。これらも、傍証としてはなかなか有力です。が、私が欲しかった「信頼性の高い」情報とは異なります。

※セミナーのとき、「信頼性の高い資料を探してください」という言い方はしなかったと思いますが、趣旨は伝わっていたものと思います。


一方、プログラミングでよく出てくる high-level language の話を出してくださった方もいます。訳語としては「高水準言語、高級言語」と言われるやつですね。人間には判読できない機械語に対し、PascalとかJavaのように基本的には英語と似ていて人間が意味をつかみやすいプログラミング言語のことを high-level (programming) language と言います。

これは、確かに今回の話に近いと言えなくもありません。「高水準言語」についてはよく、

記述の抽象度が高いプログラミング言語

と言われることもあります 。これは日本語版Wikipediaからの引用ですが、英語版でも、

In computer science, a high-level programming language is a programming language with strong abstraction from the details of the computer.
(太字は引用者)

と書かれています。ただし、機械語と比べてC言語とかJavaの「抽象度が高い」というのは、感覚的にはちょっとわかりにくいかもしれません。詳しくは、上の英語版Wikipediaの記述で、abstractionにリンクが貼ってあります。そちらをどうぞ。

そしてこれも、こういう用法があるというだけで、最初の疑問に対する明解な答えになっているとは言い切れないようです。辞書を見ると、

a high-level computer language is similar to human language rather than machine language(LDOCE)

とか

〈プログラム言語が〉高水準の《自然言語に近いもの,たとえば BASIC, COBOL, FORTRAN などについていう》
(リーダーズV3)

と、すでに専門用語の語義として定着したものとして書かれているからです。

実際、「概要、大枠」の意味を挙げてある辞書というのは、私の手元でもオンラインでも、実はひとつもありません。オンライン辞書については、今日の時点で思いつく限りを当たってみましたが、これだという記述は、残念ながら見つかりませんでした。


私がすでに確認している資料は、ひとまずWikipediaの以下の項目くらいです。

High- and low-level - Wikipedia, the free encyclopedia

A high-level description is one that is more abstracted, describes overall goals and systemic features, and is typically more concerned with the system as a whole, or larger components of it.

これなら、まさに「概要」に当たりそうです。

私と同じく、このWikipediaの記述に目をつけた個人ブログはやはりありました。

リンク:high-level ですが、何か?―『明日は誰のものか』謝辞(その3) | 英日 誤訳どんぶり


が、Wikipediaのこの記述も「十分な出典、根拠」があるとは言いがたい。その証拠に、このエントリにはこういう注意書きがあります。

This article does not cite any references or sources. Please help improve this article by adding citations to reliable sources. Unsourced material may be challenged and removed. (December 2009)


英語版Wikipediaにすらこう書いてある以上、現時点では

一定以上の信頼性のある資料はない

と結論するしかなさそうです。

えー、宿題を出しといてそれが答えかよーっ、とお叱りを受けそうですね。少なくとも、英語圏の文章で言及している資料が欲しいところです。


リンク:meaning - What is a "high-level conversation"? - English Language & Usage Stack Exchange

ここでは、Q&Aの形で

A high-level conversation is one where you discuss generalities instead of focusing on details.

という回答が上がっています。


同じようなQ&Aサイトばかりですが、

リンク:Business Plans - Writing the Executive Summary

では、

The Executive Summary area that's included in formal business plans, is a high-level overview of the business plan document that includes a summary of information about:


いずれも、私が求めていた「信頼性の高い資料」には当たりません。が、少なくとも日本人の書いた個人ブログよりは、資料としてちょっとだけ拠り所になりそうです。

ということでセミナーの補足をしました。

「読ませるIT翻訳」、第4弾は秋ごろに……、たぶん……あるんじゃないでしょうか。


12:00 午前 翻訳・英語・ことば | | コメント (0)

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2014.07.20

# JATアンソロジー原稿、締め切り迫る!(会員限定)

今年も、JATアンソロジーの季節がやってきました。

リンク:「翻訳者の目線」原稿募集のお知らせ | 日本翻訳者協会


過去2回のアンソロジーを手に取ったことがある方はご存じのとおり、とても感じのいい体裁の小冊子に、あなたのエッセイが載ります。


ただし、(このブログでの紹介が後れたせいですが)締め切りは7/23(水)です。

7/23と書いてある以上、

日本時間の7月23日23:59


までは受け付けてくれるはずですので、JAT会員のみなさんは、ぜひ奮ってご寄稿ください。


なお、

日本語:2100文字以内、英語:1200ワード以内

ということになっていますが、短くてもまったくかまいません(長さについて詳しくは後述)。



かく言う私も、過去2回のアンソロジーには寄稿しました。

こんなつまらん原稿でもいいんだ、という見本のために、私の過去の寄稿を転載します(無断転載に当たるけど、ま、いいか)。


【2012年アンソロジー】

翻訳者、立ち止まって考える

「翻訳とは何か」なんて大上段に構えたら、キーボードを打つ手が止まって先に進めなくなりそうだ。

指定されたツールを使って淡々とセグメントを埋めていくローカライズ案件はあまり「翻訳」らしくないかもしれないが、これもまあ翻訳のお仕事。20年以上前に世に出てその後絶版になっていた翻訳本がちょっとしたきっかけで別の会社から再版され、どうやらそれがiPhoneアプリになりそうだとか、これも私がやってきた翻訳。毎朝9:00すぎにお客さんから電話がかかってきて「AKB48の総選挙をネタにしたスパムが出回っています」みたいな内容を訳して同じ日の午後には納品し、それが数時間後にはWeb上に公開されてお客さんの気に入る表現に変わっている箇所もあって、納得できる場合もあれば「せっかく凝ったのに、つまらないタイトルにされた」とがっかりする場合もある、それも今の私にとっては翻訳。

「人間とは何か」とか「生きることの意味は」などと深く考えはじめたら日々の生活に支障をきたしてしまうから、人はとりあえず毎日を一所懸命に生きている、「翻訳とは何か」という問いもそれに似ていて、ふだんは目の前にある原文をただ訳していく。それでいい。でも、だからこそ一年に一度くらい、この問いに真剣に向かいあってみるのもいい。答えは出ないだろうけれど、もしかしたら「生きることの意味」を追い求め続けることこそが「生きる」ことであるかもしれないように、「翻訳とは何か」というのもたぶん考え続けていくしかないテーマなのだろう。

だから私は折にふれて、故・山岡洋一氏の『翻訳とは何か-職業としての翻訳』を読み返す。一度しかお会いしたことはないが、そのとき拝見したあの厳しくも優しい「翻訳者の目」を思い出しながら。


【2013年アンソロジー】

Lost and Found in Translation

ITがここまで進化してきたのは、実はすべて翻訳者のためだったというのが私の持論だ。

私がはじめて翻訳で対価を得たのは、今からほぼ30年前のこと。まだ原稿用紙とペンと紙の辞書という時代で、400字詰め10枚の原稿を納品するまでに、その4~5倍の紙を無駄にしていた。ワープロというものが登場したとき、「これは翻訳者のための道具だ!」と確信した私は、毎月1万円の60回リースという業務用ワープロにすぐ飛びついた。コピー、カット、ペースト。画面上だけで字句の並びを自由に変えられるなんて夢のようだと思った。ほどなく、パーソナルコンピューターで「使い物」になるワープロソフトが出そろう頃になると、辞書もコンピューター上で引けるようになった。ページをめくらなくても、単語をコピーして貼り付ければ語義がそこにある。しかも場所を取らずに何冊でもそろえられるし、串刺し検索などという芸当も当たり前になった。そして、パソコン通信の時代を経てインターネット環境が整い始め、常時接続が当たり前になると、調べ物さえコンピューター上で済むようになった。そのインターネットが成熟し、SNS全盛の時代になると、「翻訳者は孤独なもの」という通年さえ過去のものになってきた。

今、こうしたITの恩恵をすべて取り上げられたら、はたして自分は翻訳という仕事を続けられるのだろうか、と思うほどだ。それほどありがたい環境で日々翻訳に食べさせてもらっている自分が、「翻訳とは何か」という命題を突きつけられてみると、こんな声が聞こえてくる。

「それほど道具も環境も有利になったのだから、今の翻訳者は、紙と原稿の頃に比べてさぞかし素晴らしい訳文を書けるようになっているんだろうね」

この問いに、はたして自分は「はい」と答えられるのか。答えられない自分に足りないものは何なのか。それを考えることが「翻訳とは何か」の、少なくともヒントになりそうだ。満月を眺めながらちょっと考えてみよう。

それぞれ700~800字前後ですが、これでアンソロジー1ページちょうどくらいです。つまり、このくらいの長さでもいいってことです。

こんな本もちょっと話題になってるみたいですし、この連休に、800字くらいを目安に何か書いてみませんか?

12:57 午後 JAT・JTF | | コメント (0)

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2014.07.18

# 『ゴジラ』(1954)~二人の科学者の業~

★★★★★

ハリウッド版ゴジラの公開まで、ようやくあと1週間。

その前哨戦として、もう1か月も前の話ですが、1954年版ご本家『ゴジラ』のデジタルリマスター版が(地味~に)公開されたので、もちろん行ってきました。大画面で観るのは、

# デアゴスティーニの『ゴジラ』上映イベント

このとき以来ですが、デジタル版になったおかげで、画面の細部がいろいろ見えるようになっただけではなく、音声がクリアになったのがナイスでした。


当時まだ誰もが記憶にとどめていた戦争、特に東京大空襲の恐怖とか、第五福竜丸の事件も受けた原水爆実験への警鐘とか、この映画については今までだいたいそういう基調で語られるのが定番でした。

でも、それらと並んで、あるいはそれ以上に見逃してはならないのは、

科学者の業

ということがしっかりと描かれていることでしょう。

その科学者を代表して登場するのが、言うまでもなく古生物学者・山根恭平博士(志村喬)と、その愛弟子である芹沢(平田昭彦)なわけですが、本作の主人公は南海サルベージの尾形(宝田明)じゃなく、どう考えてもこの科学者二人です。

尾形はですね、入社したばかりのニューフェイス宝田明を起用した、いわばアイドルタレントの初主演という位置付けでしかなくて、実際、劇中のポジションとかセリフ回しを見ていても、ほとんど重みがありません。

今、芹沢のことを「愛弟子」と書きましたが、劇中にそういう言及はもちろんありません(専門もたぶん違います)。が、「山根博士の養子となるべき人物」と言われている以上、山根は同じ科学者として芹沢の優秀さを認めたからこそ、娘の婿にとろうと考えていたはず。


そして、この二人は、ドラマの終盤、ゴジラ殲滅戦に挑む船上にいたるまで、実は一度も顔を合わせていない。どころか、お互いに

名前すら一度も口にしていない

のです(間接的には、恵美子の口を通じて一度だけ、「芹沢はこのごろ何をやってるんだ」と言っていると語られます)。それぞれが、ある意味で救いがたい「業」を抱えた科学者として描かれていくだけです。


「まずあの不思議な生命力を研究することこそ、第一の急務です。」

そう主張する山根の頭には、純粋に科学者としての好奇心、探究心しかありません。

品川に上陸したゴジラの足音を聞きつけて

「ゴジラだ、ゴジラが来たぞ!」

と駆け出すときの様子など、まるで無邪気な子どものようです。


「ゴジラを殺すことばかり考えて、なぜ物理衛生学の立場から研究しようとしない。この、またとない機会を。」
「あのゴジラは、世界中の学者がだれ一人として見ていない。日本だけに現れた貴重な研究資料だ。」

大きな被害が出はじめてからでさえ、山根がゴジラによる災害を憂える気配は一向にありません。徹底しています。だから、山根博士は科学者としての自身の欲求と、人道的な思いとの葛藤に苦しんだりは、ほとんどしないのです。


一方の芹沢は、いわゆる"マッドサイエンティスト"の典型、世捨て人として描かれているように見えますが、実は虚栄心も恋慕の情も持ち合わせています。

木で鼻をくくったような態度で新聞記者を追い返してから、残った恵美子にだけ、オキシジェンデストロイヤーを見せてしまう。「絶対に秘密ですよ」と言いながら、なんでそんなことをしちゃうのか。

ここで私が思い出したのは、岡田斗司夫が『風立ちぬ』の主人公について言ってることでした。要約すると、「主人公の堀越二郎は、技術バカで、まわりのことなんかまったく見えていないように見える。でも、きれいな女性にはちゃんと目が向いている」みたいなこと。つまり、芹沢は少なくとも心情のうえでは世を捨てきれていなくて、ちゃんと恵美子の気を引こうとしている。

もしかしたら、そういう男女間の心情ではなく、「秘密と言っておきながら、誰かには見せずにいられない」という科学者としての性がそうさせたのかもしれません。いずれにしても、そういう人間味をまだまだ残しているわけです、芹沢は。

秘密を見せた後にも、

「恵美子さん、僕はただ、科学者として研究を続けているにすぎません」

と科学者としてしっかり自己弁護をしておきながら、

「もしもこのまま、何らかの形で使用することを強制されたとしたら、僕は、僕の死とともにこの研究を消滅させてしまう決心なんです」

という人間としての理性は忘れていない。だからこそ、最終的には尾形と恵美子の願いを聞き入れてオキシジェンデストロイヤーの使用を決意できるわけです。

でもよく考えたら、「僕の死とともにこの研究を消滅させてしまう」という芹沢の決心を聞いているにもかかわらず、オキシジェンデストロイヤーを使わせてくれと頼むのって、

「人類のためにあなたが死んで」

と言っているにも等しいんですよ、恵美子お嬢さん。少なくとも芹沢には、そういう宣告に聞こえたに違いないのです。でも、そのことがよけいに、自身の命を賭してオキシジェンデストロイヤーを使うという決断に向かわせた、そう考えると、もうね、自らの手で書類を焼く芹沢の姿、涙なしには見られません。

1407181


そして、ようやく巡視船「しきね」に乗船した二人が互いの心情を語り合う場面などもまったくありません。

「芹沢くん、尾形くんの言うとおりだ」

と山根が語りかけ、

「先生、これっきりしかないオキシジェンデストロイヤーです。完全な状態で作用させるには、水中操作以外にはないのです」

こう芹沢が答える場面があるだけです。それだけに、

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二人が黙って舷側に立つこの絵が、実にいい。


オキシジェンデストロイヤーの効果を確かめる芹沢。丸窓ごしですが、

1407183

その目は、実験結果を見届けようとする冷徹な科学者そのものです。でも最後には、

「尾形、大成功だ……。幸福に暮らせよ。」

という人間くさいセリフを残します。


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「芹沢……」

で、例の有名なラストのセリフにつながるわけです。

「あのゴジラが、最後の一匹だとは思えない。もし、水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類が、また世界のどこかに現れてくるかもしれない。」

これ、次回作の予告 人類への警鐘とか以前に、「また現れるかもしれない。なんでもっと徹底的にヤツを調べようとしなかったんだ」という批判や後悔の言葉ともとれます。


一見すると人格者のように見える山根博士のほうが実は科学者としては徹底していて、むしろマッドサイエンティストと呼ぶにふさわしい。逆に、風貌も暮らしぶりもまさにマッドサイエンティストそのものの世捨て人として登場する芹沢のほうが人間性をとどめていて、最後にはその人間性が人類を救う。

そんな逆転の悲劇を生んだのも、まさに科学だった。

次にこの映画を観る機会があったら、ぜひそういう図式も意識してみてください。

05:49 午前 映画・テレビ | | コメント (2)

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2014.07.15

# 「日本翻訳ジャーナル」7/8月号

JTFジャーナル、7/8月号が発行されました。


今回、私のコーナーに登場するのは大久保雄介さんです。

昨年の翻訳祭で、交流パーティーまでご参加になった方はご記憶にあるかもしれませんが、「ほんやく検定」1級合格者を代表してスピーチした、あの好青年です。あのスピーチの中で語られた、

「半農半翻」

という言葉が実に印象的で、あのときから私のコーナーにお願いしようと決めていました。

ところが、私が執筆をお願いしてから、こんな記事も登場したのでびっくり。

リンク:【アメリア】Flavor of the Month 87 大久保 雄介さん

アメリア編集部の方も、あのスピーチで目をつけたに違いない!

でも、私のコーナーではちゃんと切り口を変えた内容で書いてくださいました。さすがです。

そのほか、

リンク:JTF定時社員総会基調講演 「日本の翻訳産業の実態~第4回翻訳業界調査結果報告~」 | JTFジャーナルWeb

この記事も見逃せません。

ところで、お気づきの方は多くないかもしれませんが、JTFジャーナルのデザインが前号から変わっています。

PDF版で奥付(p.26)を見るとわかりますが、今年度から、中村ヒロユキさんというデザイナーの方に誌面デザインをお願いしています。

リンク:グラフィックデザインオフィス | Charlie's HOUSE

このサイトでもわかるセンスの良さで、JTFジャーナルも今まで以上に「雑誌らしさ」が打ち出されています。今後は、翻訳セミナーなどのイベントで印刷版もお届けできるかもしれません。

なお、奥付と同じページにも予告してあるとおり、次回9/10月号ではIJET-25特集が組まれる予定です。お楽しみに!

03:17 午前 翻訳・英語・ことば | | コメント (0)

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2014.07.07

# IJET-25、無事終了しました

IJET-25、無事に終了しました。


それ以降も毎週末イベントが続いたので、そのご報告もままなりませんでしたが、その間にいろんな方がブログに書いてくださいました。


実行委員長、副委員長、お疲れさまでした&大成功おめでとう!

ご参加の皆さん、ありがとうございました。


詳しくは、ほかの方のブログをぜひご覧ください。

リンク:【開催報告】6月21日・22日 IJET-25(英日・日英翻訳国際会議)@東京ビッグサイト|みんなのワードマクロ

Wordマクロの新田さん。IJET-25実行委員会の副委員長として、実行委員長を支え、委員会全体を引っ張ってくれました。委員長の想像力と創造力、そして副委員長の実務能力には --- ほんとうのバランスは、私にもわからないんですけど^^ --- 感心させられっばなしでした。本当にお疲れさまでした。


リンク:かけがえのないもの

実行委員のひとり、井口富美子さんのブログです。ここに綴られている時間を共有してきた身としては、涙なしには読めません。


リンク:技術者から翻訳者へのシルクロード:IJET-25参加報告(他の参加者の報告へのリンク)
リンク:技術者から翻訳者へのシルクロード:IJET-25の参加報告(他の参加者のレポート第2弾)
リンク:技術者から翻訳者へのシルクロード:IJET-25の参加報告(他の参加者のレポート第3弾)
リンク:技術者から翻訳者へのシルクロード:IJET-25の参加報告(他の参加者のレポート第4弾)

ご自身もIJET-25にご参加になった、あきーらさんが、なんとIJET-25参加報告ブログをまとめてくださっています。これは便利!


……ということで、すいません。最後はあきーらさんに甘えてリンク集の紹介だけですが。

06:01 午前 JAT・JTF | | コメント (2)

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