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2014.07.28

# Godzillaはゴジラだったがゴジラではなかった

★★☆☆☆

あらかじめお断りしておきます。

私はたぶん、CG不感症になったようです。トランスフォーマーもスマウグも、そしてギャレス・エドワーズ版ゴジラも、どうにもピンときません。私の評価については、その点を割り引いてお読みください。


というわけで、エメリッヒ版『GODZILLA』の汚名を晴らすべくハリウッドが送り出した今回の『Godzilla』。世界的にも大ヒット、本家の日本でも総合的には評価が高く、アレとかアレが登場する続編の制作も決定したそうですが、私的には、ちょっと期待外れだったかな、というところです。

以下、ネタバレも含むのでご注意ください、。






===== ネタバレシールド全開=====






本家ゴジラに対するリスペクトは十分に感じられた。オープニングもかなりよかった。1954年版『ゴジラ』の設定は踏襲せず、それでいて1954年に最初の遭遇があったという設定もまあ嬉しい。

リンク:樋口尚文の千夜千本 第13夜「ゴジラ」(ギャレス・エドワーズ監督)(樋口尚文) - 個人 - Yahoo!ニュース

しかし、このたびのハリウッド版「ゴジラ」は最大の成果として、この「怪獣を畏怖する(=見上げる)視座」にとことんこだわっている。

そういう視点でとらえた怪獣(たち)の撮り方は確かにうまい。スケール感の演出も申し分ない。そもそも当のゴジラはなかなか姿を現さない、その焦らし方なども監督は実に良く心得ている。


ではあるんだけど、じゃあ渡辺謙の"芹沢"が言う「controlできない絶対的な存在」に対峙した「人類の無力感」が感じられたかというと、いかんせんそこは弱かった。なんでかというと、迎え撃つアメリカ軍の物量感もまた半端なくて、あれならどんな怪獣が来ようがいくらだって迎撃できんじゃね、という気にさせられるからだ。

核兵器という最終的なオプションの行使もあっさりOKで(科学者たちが抵抗する場面はもちろんあるけど)、怪獣(たち)より、アメリカ軍の"すごさ"のほうがいろんなところで印象に残ってしまった。

にもかかわらず、そのアメリカ軍のやることが、実は随所でしょぼい。 M.U.T.O.---というのが、今回の相手役怪獣に与えられた唯一の名前。そういリアリティーはあるんだよね--- が電磁パルスを放つってわかってるのに、ジェット機飛ばして市街地に墜落させちゃうし、核ミサイルの扱い方もなんだか行き当たりばったり。


こんだけ壮大なフィクションが結局は主人公ファミリーの話に収束しちゃうってのも、アメリカ映画の悲しい性とはいえ、いただけない。エイリアンが来て地球征服の危機が迫ろうが、地球直撃コースの隕石を破壊しに行こうが、最後は主人公を取り巻くファミリードラマで終わっちゃうという。

見たいのはゴジラなんだよ、

怪獣なんだよ。夫婦親子が抱き合うシーンじゃないんだってば。


そして、ハワイでもロサンゼルスでも、あれだけの被害が出ているというのに、破壊される街並みにも、逃げ惑う人々のシーンにも、今ひとつ悲惨さ切実さが感じられない。1954年『ゴジラ』に及ばないのはやむをえないにしても、モブシーンはせいぜいが平成シリーズの「いかにもエキストラを集めて走らせました」的な雰囲気しか出ていない。

それでふと気づいたんだけど、アメリカって、日本やイギリス、ドイツ、フランス、中国と違って、自国の国土が外国との戦争で戦火にさらされた経験、あるいは他国の侵入を受けた経験が、実はまったくないんだよね。外敵に侵されるという国民的記憶が少しもない。あるのは、内戦と、せいぜいが植民地時代の局地戦の記憶だけ。

そう考えて思い出してみると、どんな大作でVFXがよく出来ていても、アメリカが外敵の攻撃で破壊される場面って、どこか空々しくって他人事みたいな空気が漂っている気がしないでもない。本当に経験したことがないから想像するしかなくて、その想像力と描写力は実にたいしたものなんだけど、しょせんは作り話という空気しか伝わってこない。

一方、同じような破壊の場面でも、犯罪者とかテロリストとかミュータントとか、外敵ではなく「内なる敵」の話になるとにわかにリアリティーを帯びてくる。内戦は経験してるから。


そもそも、おそらくはシリーズ化も見据えて、ハリウッド版リベンジ仕切り直しとして「Godzilla」をやる以上、今回は単独出演でもっともっと「ゴジラの恐怖、圧倒的な存在感」を描ききることに終始すべきだった。それを、最初っからVSものにしちゃったのが残念でならない。なんでゴジラが M.U.T.O.と闘うのか、その理由付けはあるんだけど、その点では平成ガメラシリーズが先にやっちゃってるし、それにとうてい及ばない。

言ってみれば、

志としては1954年版『ゴジラ』で始めたのに、途中から昭和シリーズ中期みたいになって終わっちゃったよ。

という印象(わかりにくいか^^)。


なによりね、個人的には最初から最後まで、

怪獣映画のワクワク感

を感じられなかった点がいちばん残念。

「怪獣が出るぞ」というワクワク感だけは、本家東宝のシリーズが昭和、平成、ミレニアムでそれぞれどんなに悲惨な落ち方をしたときにでもちゃんと残されていた。

このワクワク感の正体を説明するのはなかなか難しいんだけど、たとえば同じハリウッド映画でもMarvelヒーローものにはちゃんと、共通するワクワク感があるでしょ。あの感じ。

そういうワクワク感がつまった怪獣映画を観たいなぁ。

02:01 午前 映画・テレビ |

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コメント

未見なのですが、コレが欠けているのではないかしらん、と想像しています。

http://www.t.kyoto-u.ac.jp/ja/topics/all/soumu/20140715 (関東大震災で逃げ惑う人々の姿も。大八車、その他)

コレがあるから、その他(音楽等)とあいまって、ゴジラは怖かったような気が……。なにせ未見ですし、自信はないですが。

投稿: Sakino | 2014/07/28 6:31:58

> 逃げ惑う人々の姿も。大八車、その他

はい、そうなんです。少なくとも昭和ゴジラシリーズにはこれがありました。

もちろん、そういう経験がなければ人々のパニックは描けないと言ってるのではなく、同じハリウッドでも迫力のあるパニックシーンは数々ある。本作ではそれもあまり感じられなかったというだけです。

投稿: baldhatter | 2014/07/28 9:50:55

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