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2014.02.15

# IJET-25、基調講演は村岡恵理さん

すでに別の箇所では告知されていますが、ここではまだお知らせしていませんでした。

IJET-25は、各セッションもほぼすべて決まっていますが、基調講演もビッグです。

リンク:Keynote Speech: | 第25回 英日・日英翻訳国際会議 東京大会

基調講演:村岡花子-『赤毛のアン』翻訳に託した未来への希望

講演者:村岡恵理(作家)

講演者は、お名前から察せられるように、翻訳家・村岡花子さんのお孫さんに当たります。そして、その著書がこれ。


以下、IJET-25サイトからの紹介をそのまま引用します。


子ども時代、あるいは青春期、何気なく手に取った本が「村岡花子訳」だったという人は多いのではないだろうか。

1893年生まれの村岡花子は、10歳で親もとを離れ、カナダ系ミッション・スクールで徹底的な英語教育、キリスト教教育を受けた。一方、短歌の佐佐木信綱に入門し、日本語の言葉の感覚を研鑽した。一時は本気で歌人を目指したほどである。若い日に身につけたこれらの素養が、やがて村岡花子の翻訳家としての道を開いていく。

女性や子どものための読み物が軽視されていた時代から、その必要性を感じて清新な英米文学の翻訳に努め、波乱に富んだ75年の生涯で『王子と乞食』『フランダースの犬』『クリスマス・キャロル』などの名作を数多く手がけた。中でもカナダの作家L・M・モンゴメリを日本に紹介した功績は大きい。代 表作『赤毛のアン』は、戦争が始まる直前にカナダ人宣教師の友人から原書を手渡され、戦禍の中で密かに訳し続けた。英語が敵性語とされた時代、空襲におび やかされながらも、なぜこの本を守らなければならなかったのか。

花子にとって物語の翻訳とは何だったのか。

時代の移り変わりとともに、言葉も移ろう。翻訳はたとえ名訳でも、新訳に上書きされる出版界の流れの中で、村岡花子訳の『赤毛のアン』は、やや古めかしい言い回しまでもが光沢となって、今なお生き続けている。家庭での素顔や、同時代の文学者たちとの交流のエピソードも交えながら、翻訳を天職とした 村岡花子の半生、その朽ちない訳文の魅力について触れる。




そして、今年4月から始まるNHK連続テレビ小説『花子のアン』は、この『アンのゆりかご』が原案になっています。

そのドラマ放映に向けて、村岡花子の出身地である甲府市観光課などが、こんなFacebookページも開設しました。

リンク:「花子とアン」推進委員会


実は私、テレビのドラマというものをほとんど見ないので、ここ数年どんなに大ヒットした朝ドラでも見たことがなかったのですが、今回ばかりは、このドラマに注目しています。

01:37 午前 JAT・JTF |

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