# セキュリティ警告画面(アメリア定例トライアル補足)
アメリア10月号の定例トライアル(テクニカル)は、不定冠詞と定冠詞、並列の訳し方など、「翻訳の基本を大切に」というテーマで選んだ課題文だったのですが、前回のcompatibilityに続いて、軽い落とし穴もありました。
実は、前回のcompatibilityは意図的に落とし穴を狙ったわけではなく、出題してから改めて調べて自分でも驚いたのですが、今回の落とし穴はなかば意図的に用意したものです。
講評(1月号、かな?)でも説明していますが、こちらでは、日本語版のスクリーンショットもまじえて補足しておきます。
今回の落とし穴には、2つの狙いがありました。
1. 定番の用語と思っても要注意
今回の課題文に出てくるclick throughという用語は、すでにご存じの方も多いと思いますが、今ではほとんど
「《バナー広告を》クリックして広告主のサイトを訪れること」(研究社・英和コンピューター用語辞典)
という意味で使われています。そこから、関連語のclickthrough rateも「クリックスルー率」とか、単に「クリック率」という訳語ですっかり定着しています。ネット広告の業界では「CTR」なんて略語も使うようです。
「スルー」が落ちてしまったのは、throughという単語にほとんど意味を見出さなかったからかもしれせん。
ところが、この課題文で使われているclick throughをこの意味の用語として捉えてしまうと、どうしても無理があります。そして、ここでの使い方ではthroughの存在を無視すべきではありません。
内容から見ても広告業界用語ではありえないのですが、出典を見ればちゃんと
In this paper, we present the rates at which users click through (i.e., bypass) malware, phishing, and SSL warnings.
と定義されているのですね。つまり、ここではbypassと同じ意味、「回避する、迂回する、クリックして通過する、通り過ぎる」という意味であることがわかります。throughを無視できないというのは、そういうことです。
このことに気付いた方の答案を見ると、対応は2通りありました。意味の違いを踏まえたうえで原文どおり「クリックスルー」と訳す方法と、単に「迂回する」のように内容から訳す方法です。ただし、この後にclickthrough rateを説明しなければなりませんから、そのとき用語の対応に祖語が生じないように考慮する必要があります。
2. あいまいな表現の裏をとる
今回の落とし穴のもうひとつのポイントは、"A user leaves the warning when she navigates away and does not continue with her original task."という箇所のわかりにくさです。
警告を無視して先に進んでしまう、つまりここでいう「クリックスルー」してしまうのとは逆の操作であることは、ほとんどの人が読み取れていました。でも、
navigates away
のわかりにくさもあってか、
leaves the warning
を技術的に正確に処理できた人は少数でした。
navigate awayというのは、アメリアの講評にも書いたように、「(もともとの予定コースから離れるように)ナビゲートする」という意味で、つまり「危険なサイトにアクセスしない」ことと捉えられた人は多かったのですが、leaves the warningを「警告をそのままにする」と訳した方は、警告メッセージの動きをわかっていないことになります。「警告を離れる」としても、真意が伝わるかどうかは今ひとつです。
そこで、改めて出典を見てみると、問題の警告メッセージダイアログのスクリーンショットがあります。それだけでもいいのですが、日本語版のスクリーンショットを集めてみました。
最初はChromeのダイアログ。ちょっとわかりにくいかな。
次は、同じChromeのSSL警告ダイアログ。
クリックできるボタンは2つあって、[このまま続行]をクリックすると、課題文で言う「クリックスルーし」たことになります。そして、[セキュリティで保護されたページに戻る]をクリックする操作が、課題文で言う"leaves the warning"に当たるわけです。
次はFirefoxの不正サイト警告ダイアログ。
こちらでは、[この警告を無視する]をクリックすれば「クリックスルー」に当たり、[スタートページに戻る]をクリックすると、どこにいくのかわかりませんけど、ともかく不正サイトには進まずにこのダイアログを閉じることになります。
最後は、同じFirefoxのSSL警告ダイアログ。
ボタンは[スタートページに戻る]しかなくなりました。「クリックスルー」するには、[危険性を理解した上で接続するには]というリンクをクリックしなければならず、いわば危険な操作の敷居が高くなっています。SSL警告っていうのは、それだけ要注意の警告なんですね。
ということで、訳例では
警告を「了解して引き返し」
というように内容がわかるような訳し方にしてみました。鍵カッコを使っているのは、この部分が用語の定義になっているからです。
……という風に、英文だけで真意が分かりにくくても、実際の画面を確認すれば一目瞭然だったりします。
そもそも「警告をそのままにし」たらブラウザは使えません。 「警告を離れる」と訳した人のイメージとしては、もしかしたらこのダイアログ操作が念頭にあったのかもしれませんが、表現として不十分でしょう。
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私の出題だけではないと思いますが、出典が書いてある課題文の場合は、出典を見たほうが理解しやすくなっているのが普通です。面倒くさがらずに、出典を、少なくとも課題文の該当箇所までは読むようにしましょう。
ちなみに、課題の該当箇所まで何十ページも読まなければならないような出題は、少なくとも私はしません。
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