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2013.11.14

# 新・午前十時の映画祭 ~『ゴッドファーザー Part II』

★★★★★

若い頃は、この映画のほんとうの良さがわかってなかったかもしれないな、と再認識。

131114


昨今の(邦画・洋画を問わず)うすっぺらい「泣ける」映画が10,000万本たばになったって絶対かなわない、観る者の深いところを突き刺すように揺さぶる情緒があります。

たぶんその情緒のありどころが、Part I (とは呼びませんが)とのいちばんの違いであり、私がこれまでわりと、Part II より Part I のほうが好きだった理由かもしれません。でも、今回改めて大スクリーンで観てみたら、やっぱり甲乙つけがたい。


家族、冠婚葬祭、祝祭。文化、時代……あらゆる点で圧倒的ですね。

今回いちばん意外だったのは、デ・ニーロが若き日のヴィトー・コルレオーネを演じる過去パートが、記憶していたよりずっと少なかったこと。

記憶の中では全編の半分、印象としては半分以上を占めていたのですが、実際に計測こそしていないものの、たぶん過去パートは全体の1/3か1/4くらいですよね? それだけ、過去パートの密度が濃く、描き方も印象的だったということだと思いますが、現在パートが負けているというわけではない。


明暗の使い分けで、Part I はどちらかというと「暗」が強かった。その分、ラスベガスの人工的な明るさと、シチリアの開放的な明るさが新鮮に映るしかけでした。

一方、Part II は「明」が勝っています。シチリア移民の、貧困でありながらこれから上昇していくという志向の明るさ。そして、現在パートの主要な舞台になる中南米の、なんとなく白く抜けすぎているくらいの気候。だからこそ、どんどん暗部に落ちていくマイケルのあの眼が……


一生のうちに、こんな映画を2本も作っちゃった監督って、やはり偉大すぎます。

11:24 午後 映画・テレビ |

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