# 「無生物主語」をめぐる珍訳、その2
前項からの続きです。
前回見たように、「無生物主語」の構文には一定の特徴があります。
・この構文によく用いられる動詞がある。
・いわゆる SVOO や SVOC の形をとることが多い。
・<主語> + <動詞> のセットが目的語(特に「ヒト」)に対して独自のはたらきを持つ。
・訳すときには、能動態/受動態も併せて考慮することが多い。
では、私の手元にある何社かのスタイルガイドで、「無生物主語」構文に関するルールがどう書いてあるのか、みてみましょう(大手のスタイルガイドではこのルールが書かれていることも多いようですが、全体で言うとルールを明記しているほうが少数派です)。
まずA社のスタイルガイド。
Your printer manual indicates what size of paper can be used.
これは、ロイヤル英文法の分類で言うと<F>型です。
次に、B社のスタイルガイド。これは版によって違いがあるのですが、詳しいほうだけ取り上げます。
一般に、製品、プログラム、機器などの無生物を動作の主体として文頭に置くことは避けます。英語の表現にひきずられるような無生物主語の使い方にならないように注意します。無生物主語の原文を訳すときは、通常、主語を省略して受動態にします。
英語の例文はありませんが、
○ ~が表示されます。
× Windows は~を表示します。
と書いてあって、これはロイヤル英文法の<F>型に近いでしょう。面白いのは、以下のような場合が例外として挙げられていることです。
○ ~ 関数は、戻り値 yyy を返します。
※「動作を伴わない記述」と説明されています。動詞はreturnでしょう。
○ Excel は表計算アプリケーションの一種です。
※「動作を伴わない記述」と説明されています。
○数式は自動的に計算されます。
※「受動態を使う場合」と説明されています。
○選択したセルが強調表示になります。
※「状態の変化を示す場合」と説明されています。
例外も何も、こういうのはどれも、前エントリで見たような本来の「無生物主語」の構文でも何でもないですよね。親切と言えば親切ですが、もともとの「無生物主語」の説明が十分でない証拠です。
C社のスタイルガイドも似たような内容です。
○ ...が表示されます。
× システムが、...を表示します。
という例文を示したうえで、
動作の主体でないかぎりは、文の主語として使用できます。
その例として、
○情報が検索されます。
○表は、データを格納するオブジェクトです。
が挙げられています。B社とほとんど同じ。
■
それでは、改めて「無生物主語の構文で変な訳になった例」を見てみましょう。
The client nodes get the data from your data sources and send it to the server.
During every synchronization session, the Sync Server receives client transactions in the Mobile client database and places them in the In-queues.
どちらの文も、使われているのはロイヤル英文法の分類に該当する動詞ではありません。
get……「取得する」、「読み取る」という、この主語本来の動作を表す(<D>型ではない)
receive……「受信する」、「受け取る」という、この主語本来の動作を表す
そして、無生物主語に固有の動詞の作用を受ける目的語、もありません。
ということは、この2つのような文なら、別に「無生物主語を訳文の主語にしない」というルールに無理矢理あてはめる必要はないはずです。
・クライアントノードは~データを取得する
・Sync Serverは~トランザクションを受け取る
と訳して何の不都合もありません。
■
以下は勝手な推測です。
「クライアントノードでは~」みたいな珍訳は、もちろんスタイルガイドを発行したソークラの意図した訳文ではないでしょう。スタイルガイドでの指定が不十分だったという責任はありますが、
スタイルガイドを過剰適用
してしまった翻訳者や翻訳会社の責任も大きいのではないでしょうか。
いや、クライアントレビューのときにそれをOKとしてしまったのは、ソークラの責任か......。
責任の所在はともかく、こういう
変な日本語を変と言える
環境を作っていかないと、「IT翻訳」はこれからも馬鹿にされ続けることになりそうです。
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コメント
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投稿: puma pas cher | 2012/09/04 6:46:01