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2011.10.25

# 生存 5 年が経ちました

ガンについては「5 年生存率」という考え方があって、「ガンの治療後 5 年間再発しなかったら、まあ大丈夫でしょう」という、完治のひとつの目安になっています。医学的に厳密な基準ではないそうですが、生命保険の契約規定などでも、「5年以内に悪性腫瘍にかかったことがない」という項目があるくらいなので、そういう区切りのようです。

ご存じの方もいらっしゃると思いますが、私は 5 年前に左腎臓に悪性腫瘍が見つかり、全摘出の手術を受けています。

その手術日が 2006 年 10 月 25 日。つまり今日でちょうど満 5 年が経ったことになります。

これをきっかけに私は勤務先の翻訳会社を退職してフリーランスになったわけですが、それ以来、実に多くの人に支えられて、どうにか 5 年目を迎えることができました。みなさん、本当にありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いいたします。

今まで、当時のことを詳しく人に話したことはほとんどなかったのですが、いい機会なので、簡単に発見から手術当日までの経緯を紹介しておきます。

以下、すべて 2006 年のことです。

10/7(土)

会社指定の健康診断で、超音波スキャンの結果、「左腎臓にカゲが写っている。都合のいい病院で再検査を受けるように」と言われる。

ちなみに、当時の勤務先の定期健康診断は、この前年までもっとメニューが少なく、超音波スキャンも胃カメラもありませんでした。偶々この年度から、指定病院が六本木ロアビルの中の新赤坂クリニックに変わり、メニューも増えたところでした。そのおかげで病気が見つかったことを考えると、自分がなんとラッキーだったことか、と今でも思います。


10/10(火)

連休明けにすぐ、地元の市立病院で受診。やはりカゲが見つかり、詳細は CT スキャンの結果待ちだが、腫瘍であることは間違いない。良性か悪性かはまだ不明。


10/12(木)

生まれて初めて CT スキャンなるものを受け、「悪性腫瘍」と診断。ただし、周囲への転移はこの時点でほぼ認められないとのこと。入院して全摘出するという方針は、この段階でほぼ決定。


10/19(木)

骨への転移を調べるために、「骨シンチグラフィー」という検査を受ける。午前中にラジオアイソトープを含む薬剤を注射し、午後になってから撮影というスケジュール。万一、骨に転移していると相当やっかいなことになるらしかったが、結果は「シロ」ということで、かなり安堵。

この後、手術のおおまかな方針を決める。左の背中から切開し、邪魔な肋骨を一部切り取ってから腎臓を全摘出するいうことで決まり。輸血の必要はない予定だが、万一の可能性に備えるということになる。ところが、実は私は、A型ながら、RHマイナスなのだった。また、輸血による感染症も可能性がゼロではないということで、「自己血」を採っておくということになった。

「今のうちに自分の血を400ccくらいとっておきましょう。輸血の必要がなかった場合でも、終わったとき戻しますから」

だそうだ。


10/23(月)

入院。手術は 2 日後の 25 日ということになっていて、それまでに手術に向けての注意を受けたり、術後の呼吸法の話を聞いたり。

「手術室の担当です」という看護師さんが来ていろいろ説明を受け、最後に「どんな音楽がいいですか?」と聞かれる。なんと、手術中に好きな音楽を流しておいてくれるのだそうで、「と言っても、今回は全身麻酔ですから、すぐに聞こえなくなっちゃいますけどね」と。

「じゃ、ロックでお願いします」と答えておいたら、手術当日にかかっていたのは、これだった。


10/25(水)

手術当日。当然ながら朝から絶食。手術開始は午後 2:00 頃。

「デトロイト・ロック・シティ」をほとんどワンコーラスも聴かないうちに麻酔が効いてしまったらしい。その後の記憶はもちろんない。

これが局所麻酔だと ---2年前の左足骨折のときがそうでした--- 手術の終わりあたりで目が覚めてきて、ちょうど縫合しているあたりの感触がなんとなく感じられたりもするのですけどね。

後から家内に聞いた話では、手術室から出てきて、家内が寄ってきたときには、少しだけ目を開いて反応したらしいが、次に目が覚めたのは当然、ベッドの上だった。

手術の終わったのが夕方で、それからもずっと意識は朦朧としていたが、その夜一晩がとにかく長かったという記憶だけはっきり残っている。しだいに麻酔が切れてきて痛みが襲ってくる。看護師さんを呼んで痛み止めをもらう。少しウトウトするとまた少しずつ痛みが戻ってきて......いつまで経っても朝がこない。何度目が覚めてもまだ暗くて、ようやく窓の外が明るんできたときには、ヒトが朝の訪れをありがたく感じることを本能的に理解できたような気がした、というと大げさだけど、ほんとにそんな気分。

けっきょく、この夜の心細さに耐えかねて、26 日と 27 日には家内に泊まり込んでもらいました。夜、痛みで目が覚めたとき、声をかけるとすぐそばに家内がいて応えてくれる。それだけで安心して夜を過ごすことができたものでした。


その後

当時の日記(非公開のブログを使っていた)によると、身体に入っているチューブ類が半減し、私が少しは笑ったり、無声音で会話したりするようになったのが、28 日(土)のこと。翌 29 日(日)に下の子供らが術後初めて面会に来て、30 日(月)にようやくすべてのチューブ類から解放され、歩行器でつかまり歩きをしています。

11/1(火)には、非公開ブログにコメントを付けているので、車いすでフロアに 1 台だけある PC まで移動するくらいには回復していたようです。

10:46 午後 日記・コラム・つぶやき |

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コメント

そうでしたか。うーむ。

いろいろ感じ入りました。特に、家族のありがたさが印象に残りました。

投稿: あきーら | 2011/10/26 12:18:01

5年生存、おめでとうございます。再発の恐怖との戦い、大変だったと思います。これからも油断なきようお過ごしください。

投稿: おくま | 2011/10/26 13:09:45

大活躍の日々の背景にこんな大変なことがあったなんて・・・。今回のブログを読ませていただいて、優しい奥様と子供たちに囲まれていることが帽子屋さんの一番の幸せだなと感じました。これからは心おきなくこれまで以上に活躍してくださいね。ほんとに、よかったよかった。

投稿: テデスコ | 2011/10/26 21:54:17

おめでとうございます。これまでいろいろとご心労、ご不安もあったかと思いますが、これで安心ですね。

奥様の支え、すごく良いなぁと感じました。

投稿: ks | 2011/10/27 6:54:56

一病息災。

今後も健康に気をつけて、ますますのご活躍を
お祈り申し上げます。

投稿: けいまま | 2011/10/27 9:24:38

そうだったのですか……。
言葉が見つかりません。
これからもぜひよろしくお願いします。

投稿: みっち | 2011/10/28 20:25:31

よかった。更新されない日が続くと心配だった。普段のやりとりは何にもないのにね。

投稿: 禿頭自動車屋 | 2011/10/31 12:16:25

みなさん、温かいコメントをありがとうございます。

> 家族のありがたさ
> 優しい奥様と子供たちに囲まれていることが帽子屋さんの一番の幸せだな

はい。ありがたいことですが、私もこのときほどそれを痛感したことはありませんでした。

> 奥様の支え、すごく良いなぁ

一生頭が上がりません。

> 再発の恐怖
> 言葉が見つかりません。

本人は、この間もわりと脳天気なままでしたが^^;

> 一病息災

あぁ、そうですね。いい言葉を聞きました(けいままさんの不ブログでは長らくコメントも付けていませんが、いつも読んでます)

> 更新されない日が続くと心配だった

一昨年もそんなときがありましたしね^^(自動車屋さん、どこのかな~)


投稿: baldhatter | 2011/11/01 23:35:40

「あっねずみだ!」これでどう?あるいは「ギョー座・いざこ座」か?

投稿: 禿頭自動車屋 | 2011/11/02 9:08:08

> 「あっねずみだ!」これでどう?あるいは「ギョー座・いざこ座」か?

ごめーん、まだわからない。もう少しわかりやすいヒントください。

投稿: baldhatter | 2011/11/04 8:28:37

おもしれ~!いや~ワリイワリイいそがしそうなんでこんな事につきあわせちゃ申し訳ないんだけど、図に乗ってもう一丁。「893」これでどうだ!

投稿: 禿頭自動車屋 | 2011/11/04 11:10:46

ハンドル(即席だろうけど)、いくつかのヒント、「普段のやりとりは何にもない」という条件を組み合わせても、まったく思い浮かばない...。

> こんな事につきあわせちゃ申し訳ないんだけど

こういう口調にもあまり心当たりがない。答えはメールでもいいっす(プロフィール欄にあり)。

投稿: baldhatter | 2011/11/04 11:23:17

おめでとうございますというのが適切な表現かどうかはわかりませんが、治癒されてなによりです。

普通なら5年前を振り返っても、懐かしいで終わる話ですが、 baldhatterさんの場合、5年前を振り返られるというのが生き延びたということで意味合いがずいぶん違いますね。

投稿: 竹花です。 | 2011/11/04 17:25:52

> 生き延びたということで意味合いがずいぶん違いますね

はい。その意味では、こういう大病はいい経験になったとは思っています。

投稿: baldhatter | 2011/11/22 8:23:28

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