# optional と omit
たまには、真面目に翻訳の話をするのです :)
関数とかコマンドの引数やオプションには、必ず指定するものと、任意で指定するものがあります。このうちの後者について説明する英文には、たいてい optional という単語が登場します。たとえばこんな感じ。
Optional comma-delimited list of values.
この Optional については、何通りかの訳し方を見かけます。
オプションのカンマ区切りの値リスト。← いちばん大雑把
オプションで指定するカンマ区切りの値リスト。← やや説明的
カンマ区切りの値リスト(オプション)。← カッコで補うのもわりと定番
(省略可能)カンマ区切りの値リスト。← 同じくカッコ書きで、「オプション」を避ける
このようなとき「オプション」という単語を使っていいのか、というのもよく議論のネタになりますが、私が今回見た既訳では、この後に続く omit という語の訳のほうが気になりました。
先ほどの文の後に、こんな風に続いていて、こんな訳がついていました。
Optional comma-delimited list of values. If omitted, the default value will be used.
「カンマで区切られた値のリスト(オプション)。省略した場合は、デフォルト値が使用されます。」
「省略する」=「省く」というのは、「元々あるものを取り除く」こと。一方、optional ってのは「指定しても、指定しなくてもいい」ということなのだから、「元々ある」とは限らない。あるかどうか判らないものを「省略する」って、なんだか変な感じがします。
「指定しない場合は、デフォルト値が使用されます。」
としたほうがスムーズにつながるでしょう。
ただし、上記 2 番目の訳し方をするのであれば、「省略した場合」でもそれほど不自然ではなくなります。
「(省略可能)カンマ区切りの値リスト。省略した場合は、デフォルト値が使用されます。」
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この「omit = 省略」くらいの違和感が、たいへん残念なことに、今の IT 翻訳では許容範囲になってしまっているのかもしれません。少なくとも、機械翻訳 + ポストエディットというフローであれば、完全に OK の水準でしょう。
最近よく言われる翻訳単価下落の傾向より、こういう要求水準の引き下げのほうが、長期的に見てよほど深刻なんではないかと思います。
マニュアルやヘルプを受注する機会が最近はあまり多くないのですが、機会が少ないだけに、引き受けた案件の既訳ではこのレベルの訳文を見かけることが多くなっていて、クライアントもユーザーもそれでいいのかぁ、というところなのですが。
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コメント
>今の IT 翻訳では許容範囲
1 年ほど前ですが、トライアルに受かって初めての案件で、provide がほぼすべて「提供」になっている訳文を見たことがあります。そのほとんどを「提供」を使わないように修正したのですが、その1回きりで仕事が来なくなりました。「提供」に手を入れたのがまずかったのか、それ以外の原因なのかはわかりません。僕自身は、「提供」に手を入れたせいではないと思っていますが…。
投稿: snafkin | 2010/07/05 11:12:03
provide = なんでもかんでも「提供」なんて、どう見ても翻訳として最低の部類ですけどねー。こういう風に、「日本語として多少不自然でも訳語は統一する」という愚直な風潮が、今でも平気でまかり通っているのは確かです。
ちなみに、provide については別ブログでも取り上げたことがあります。
http://baldhatter.txt-nifty.com/dic/2007/11/provide.html
投稿: baldhatter | 2010/07/06 21:36:00