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2010.05.09

# 『語学力ゼロで8カ国語翻訳できるナゾ』のナゾ ~ 0 と 1 の間~

iPad の国内発売日決定を記念して、というわけではありませんが、side B に「♭いつまで続く、コンテンツ鎖国主義」というエントリを書きました。

出版業界は、上から下まで、それこそ黒船来航に等しい時代を迎えていることと思いますが、そんな外的要因を待つまでもなく、出版界のここ最近のダメっぷりは(もちろん例外は常にあるはずですが)、たとえばこーゆー本のタイトルの付け方ひとつ見ても明らかなわけでした。


『バカの壁』あたりから始まったらしい新書ブームも、ほんのいっときのカンフル剤にしかならなかったようですが、この手の新書のタイトルは、もちろん著者ではなく編集者が決めています

はじめに断っておきますが、水野麻子さんのこの本も、大筋ではたいへん参考になること --- そして、すでに実践している人にとっては当たり前のこと --- が書いてあり、ビジネス書としては良書の部類に入ると思います。

にもかかわらず、こんな "いかがわしい" タイトルを付けられてしまっている。今、新書本の 8 割以上は、この類なんじゃないでしょうか。「売れそうなタイトルを付けて、それだけで売る」という、未だに横行している商売。一時的には売れるかもしれませんが、その行為が全体にとって --- 新書という形態にとっても、出版業界にとっても --- どれほど有害な行為か。きっと、それを振り返っているヒマさえないんでしょうね。

でも、少なくとも私はもう、「講談社α新書」のシリーズには、よほどのことがない限り、手を出そうとしないと思います(今までも 1 冊も読んだことなかった)。そういうマイナス効果を、この手のタイトルは持っています。

もっとも、こういう思考回路って、出版に限ったことでも、まして商売に限ったことでもなく、ヒトが容易に陥ってしまうワナなのかもしれませんけど。

この本の内容について、1 つだけ書いておきます。それは「ゼロと 1 との間には無限の広がりがある」ということ。

詳細な引用は避けますが、和英翻訳の例として、「ネット検索を使えば重要なキーワードやキーフレーズは拾える。それを組み立てれば翻訳ができる」みたいなことが書いてあるわけですが、それができるのは、語学力がゼロではない証拠。

ほんとうにゼロだったら、キーワードやキーフレーズの適切さを判断できないし、文として組み立てることもできない。

著者はもちろん、「語学力ゼロでオケー」なんてことは一言も書いてなくて、「語学力という無自覚な前提をまず疑おう。別の視点、別の思考方法を実践してみよう」と提案しているにすぎないわけなのですが、でも、そういう内容の本を、こんな扇情的なタイトルだけで売ろうとしている。少なくとも、このタイトルを決めた編集の方に、出版文化を語る資格はゼロだと言えるでしょう。

いろいろ書いたけど、まあ、あれか。こんなタイトル、誰も本気でそう信じるわけじゃないんでしょうね。テレビ番組のタイトルと同じように、勝手にインフレ起こしてて、受け手のほうもその分をちゃんと割り引いて考えてるんでしょうね。私のこういう反応が大人げないだけ、と。

いいや、大人げなくて。

02:42 午後 書籍・雑誌 |

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受信: 2010/05/10 11:10:17

コメント

ついに読まれた訳ですね。
内容が割と当然、と言うのは既報ですが良書というのが意外でした。
キャッチーな書名には昔ぎゃふんと言わされた記憶が...。

投稿: すみっこ兼業翻訳者 | 2010/05/10 6:53:41

> ついに読まれた訳ですね

はい、図書館で借りて :P

> 良書というのが意外

厳密に言うと「良識の範疇を逸脱していない書籍」かもしれません。略して「良書」。苦しい?

投稿: baldhatter | 2010/05/10 15:07:34

>はい、図書館で借りて :P

おお、その手があったか……

投稿: Buckeye | 2010/05/10 15:33:44

私は立ち読みしました。

翻訳に役立つ小技の披露、という観点では、ところどころに役立つ記述があり、著者が懸命に道を切り開いてきたときに編み出したものでもあるようなので、類似の問題で悩んでいる人にとっては有用な面があると思います。

ただ、本質は、そういう小技の羅列なんですよね~。これだったら、すでに著者がブログで情報発信しているような形が、双方向コミュニケーションも図れるし、最適と思います。

それをわざわざ書籍にして、あたかも主義とか一般的手法のような書きぶりを感じさせるところに、何ともいえぬ???を感じ、レジに向きかけた足を強力に引き留めました。

そのとき感じた違和感を集約した表現がこのタイトルなんだろうな~と振り返っています。

投稿: あきーら | 2010/05/10 20:44:34

> 新書のタイトルは、もちろん著者ではなく編集者が決めています。

いやまぁそうなんでしょうけど、著者のブログの「Profile」には下記のようにあります。

「語学力なし・専門知識なし・実務経験なしの状態から、翻訳者になると決めて2週間で独立(23歳)。」
「神奈川県立外語短期大学卒」にもかかわらず。

個人的にはこのタイトル、全面的に「編集者に『付けられた』」ものじゃないんじゃないの? と思ってます。

投稿: ohkoshi | 2010/05/11 7:52:05

> そういう小技の羅列
> すでに著者がブログで情報発信しているような形

ブログの内容を書籍化するというモデルはあっていいと思うし、小技集なら小技集として需要もあるはずなんですが、これが商売というものなんですね。

投稿: baldhatter | 2010/05/12 0:38:41

> 語学力なし・専門知識なし

この本の著者が以前から発行しているメルマガのバックナンバーで、おもしろい箇所を見つけました。

「特段高い語学力があったわけではありません」(2007/1)

「英語が特別に得意だったわけではありません/(技術に関する知識は)まったくゼロに等しい」(2007/2)

「さほど英語力があったわけではないですし、フランス語も短
大時代に学んだ2年分の知識。これ以外の言語は、事実上ほとんど知らなかったに等しいです」(2007/8)

…… いつの間にか「語学力ゼロ」になっていったようです。

投稿: baldhatter | 2010/05/12 0:44:57

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