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2008.04.30

# パンダのいなくなった動物園

最後に見にいったのは、一昨年くらいだったでしょうか。未だにかなり行列のできる人気者でした。

リンク: パンダ:リンリン、さよなら 37年目、東京・上野からパンダ消える - 毎日jp(毎日新聞)

日中国交正常化を記念して来日し、上野動物園の看板にすらなったジャイアントパンダが、日中関係の落ち着かないこの時期に一頭もいなくなるというのは、単なる偶然とは思えないタイミングです。

パンダ:リンリン、さよなら 37年目、東京・上野からパンダ消える
◇「今までありがとう」
さようなら、リンリン--。唯一の「日本のパンダ」として親しまれていた上野動物園のジャイアントパンダ、リンリン(雄、22歳7カ月)が30日、高齢のためこの世を去った。日中友好の「親善大使」として2頭が上野に来園してから37年目。かつて最大で5頭がいた上野動物園から、ついにパンダの姿が消えた。大型連休で訪れた子どもたちは寂しさを抑えながら「ありがとう」と冥福を祈った。【酒井祥宏、市川明代、神澤龍二】
上野動物園によると、世界で登録されている雄のジャイアントパンダ104頭の中で5番目に高齢だった。05年にパートナーのシュアンシュアンがメキシコに帰国してからは1頭で飼育されていた。
小宮輝之園長は記者会見で「(メキシコへの渡航など)世界で一番飛行機に乗ったジャイアントパンダではないか。苦労をかけた。苦しんだ様子はなく安らかだった。冥福を祈りたい」と話した。解剖の結果、腹には37リットルの水がたまっており、橋崎文隆・動物病院係長は「よく持ちこたえてくれた」と話した。
00年から7年間、飼育を担当した元飼育員、佐川義明さん(61)は「おとなしいけど人懐っこく、子どもたちに人気があった。年齢とともに気弱になり、元気がなくなっていった」と振り返る。一番の思い出は、01年に人工授精のためメキシコに行ったこと。おりの中で不安そうにウロウロする姿が今も目に浮かぶという。最後に姿を見たのは3日前。食欲がないと聞いていたため、様子を見に行くと、やつれた姿が目に留まった。「大丈夫か?」。声をかけてもこちらは向かなかった。「覚悟はできていたが、もっと生きてほしかった」と残念がった。
リンリンのパンダ舎前には30日朝、死んだことを知らせる看板が立てかけられ、リンリンを見に訪れた家族連れらが足を止め、がっかりした表情を見せた。おりの中にはリンリンの写真とともに花やササがささげられ、献花台も設けられた。

◇国内での飼育、神戸と和歌山
リンリンが死んだため、国内でジャイアントパンダを飼育しているのは神戸市立王子動物園(2頭)と和歌山県白浜町のアドベンチャーワールド(6頭)の2カ所だけになった。

ちなみに「日本のパンダ」というのは、「日本が所有権を持っている」というで、神戸と白浜のパンダは、中国からの「借り物」なんだそうです。

上野動物園の集客力が一気に落ちてしまいそうなのが心配。

04:06 午後 社会・ニュース |

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