# UI 翻訳の難しさ
当然のことですが、国産以外のソフトウェアを日本語版にローカライズする際には、ユーザーインタフェースの翻訳が必要になります。そうしたインタフェースにときどきヘンテコな訳がある、ということもだいぶ知られるようになりました。
明らかな誤解と誤訳もありますが、翻訳の現場からすれば、「無理もないですねぇ」と納得せざるをえないケースも少なくありません。
最近になって日本語版も登場したフリーのアンチウイルスソフト「AVG」でも、その一例を見かけました。
たとえばコンピュータのスキャンを実行すると、進捗を示すウィンドウにはこんなチェックボックスが表示されます。
□テスト終了後にコンピュータの電源を切って下さい。
「~下さい」と言われても、誰が誰にものを頼んでるんだかよく判りません。「スキャン終了後に自動的に電源を切る」というオプションなわけですから、正しくは
□テスト終了後にコンピュータの電源を切る
としなければなりません。英語インタフェースを確認すると、
□Power off computer after finishing text.
です。つまり命令文だから、「~して下さい」と訳してしまったわけです。
実は、UI を翻訳するときというのは、その出現文脈が判らないまま訳していることがほとんどです。翻訳対象のファイルは、プログラムのソースそのままではなく --- ソース上なら、前後のプログラムから出現文脈を類推できる ---、UI 文字列やメッセージだけを抜き出したようなリソースファイル形式で提供されるからです。
もちろん、翻訳されたリソースをプログラムに組み込んで実機を動かしてみれば、実際の表示を確認できるわけなので、実際あらゆる画面を細かくチェックしているベンダーもあるのですが、おそらくそこまで細かくはチェックしていないベンダーの方が多いと思います。
なぜかというと、そこまで細かくチェックする時間とコストが惜しいわけですね。ローカライズ作業における翻訳コストというのは案外ばかにならなくて、手間をかけようと思えばいくらでもコストがふくらみます。だから最終的には、「ちょっとくらい不自然でも操作に支障のない範囲ならオケー」と判断されます。
ついでながら細かいことを言いますと、上記の例では英語版のインタフェースで最後にピリオドを付けているのがイカンと思います。ピリオドがなければ、おそらく適切な訳になっていたはずです(翻訳者さんがまともなら)。
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コメント
文脈がわからないまま翻訳。悩ましいです。勢いあまって最後に「かもだ」とか「を?」とかつけたくなります。
>ピリオドがなければ、おそらく適切な訳になっていたはずです(翻訳者さんがまともなら)。
baldhatterさんに頼むしかないですね!あっしは気がつきませんでした。
投稿: 竹花です。 | 2008/01/20 15:45:15
前々から「不自然やなぁ・・・」と思ってたけど、こういう理由があったんですね。AVGは英語版しか使ったことがないから細かいことはわからんけど、カスペルスキーはもっと強力やと思いますよん(笑)
「出現文脈が判らない」っていう箇所を読んで「いずこも同じやなぁ」とため息をついてしまいました。
>ピリオドがなければ、おそらく適切な訳になっていたはずで
>す(翻訳者さんがまともなら)。
「ピリオド?あ~、そうなんや~」と思った私。こんなんやからアカンねんなー(しょぼーん)
投稿: Droz | 2008/01/20 18:29:54
ちょっと話しはずれますが、ピリオドのない文だとTRADOSが読み込んでくれず、やむなく(クライアントによっては禁じ手になっている場合もあるのですが)自分でピリオドを追加し、翻訳した後で削除するなんて手間をかけることもあります。
UIの翻訳って文脈が分からないため、双眼鏡を逆さにのぞいてるような、見えない苛立たしさを感じることがありますね。
投稿: Jack | 2008/01/20 22:00:29
> 勢いあまって
やってみたい誘惑に駆られます。
「自動的に電源を」
「切らにゃ」
> AVGは英語版しか使ったことがない
私もそうでした。うちのジジババが買った PC にインストールしてあげようとして、日本語版がリリースされたことを最近知ったばかりです。
> 双眼鏡を逆さにのぞいてるような
うまい表現です。ときどき、双眼鏡を振ってみたくなります。
投稿: baldhatter | 2008/01/21 19:24:10
無理もない? なぜ、作った本人に文脈を尋ねないのですか?
投稿: | 2011/01/31 19:23:03
失礼しました。ここは UI 翻訳の難しさを認識する場であって、「では、どうすればいいのか」は、また別の話ですね。このページを見つけてうれしくなり、つい勇み足で「無理もない? ...」のコメントを書き込んでしまいました。ここは、心ある翻訳者の方々が集る場所であるとお見受けしました。UI の誤訳を防ぐためには、まず翻訳者の方々が、そのわからなさにフラストレーションを感じることが第一歩だと思います。それには、「こうかもしれない、ああかもしれない」と思えるだけの想像力が必要で、その想像力を培うには、それなりの経験が必要だと思います。自分がやった UI 翻訳を実際の画面で見てみるととんでもなく間違っていたとか、強烈な体験が必要かもしれません。自分では気に病んでも世間から責められることはあまりなく、むしろ世間は、間違った訳に慣れてしまいます。それだけに UI 翻訳の責任は重大であり、気をつけないと母国語が本来持っている表現の精密さがどんどん失われていきます。
私が持っている DVD プレーヤーは、フタが開いていると「開く」と表示されます。正しくは「開いています」だと思うのですが。もう慣れました。「開く」と表示されていれば「ああ、開いているんだな」と思えてしまいます。誰か責任とって。
投稿: bamboo | 2011/02/03 20:29:59
bamboo さん、コメントありがとうございます。
> 「では、どうすればいいのか」は、また別の話ですね
いえ、当然そういう話に発展していくことは大歓迎なわけですが、巨大化したソフトウェアを扱っているメーカーの担当者さんたちも、未だに答えを持っていないみたいですよ。翻訳部署と開発部門はきっとお互いに文句言ってるでしょうし。
この欄では書ききれないこともあるので、また改めてエントリを書いてみたいと思います。
投稿: baldhatter | 2011/02/04 12:33:44
baldhatterさん、いつも大変参考にさせていただいています。
UI翻訳、難しいですね。
> 私が持っている DVD プレーヤーは、フタが開いていると「開く」と表示> されます。正しくは「開いています」だと思うのですが。
こういう時、日本語って便利なもので「オープン」とかカタカナで逃げたり、「OPEN」ってそのままにしたり、いい感じにできますね 笑)
投稿: taful | 2013/02/01 14:25:42
tafulさん、コメントありがとうございます。
> 「オープン」とかカタカナで逃げたり、「OPEN」ってそのままにしたり
はい。文字種がこんなにある言語はほかになく、その分の柔軟性はあると思いますが、逆にそれが面倒のもとになっていることも確かです。IT分野だと、製品名なのか(=その場合は固有名として英語表記する)、その製品の機能を表しているのか(=訳出する)悩ましい場合が少なくありません。
XXX Server/XXXサーバー
みたいなときです。
投稿: baldhatter | 2013/02/04 6:27:59
こんにちは。時々お邪魔しています。取扱商品のマニュアル翻訳をメインに仕事していますが、今回本格的にUI翻訳をやることになって四苦八苦しています。ただ、米国の開発元が本気出し始めて、Passolo Translator Editionなるものを貰ったので試行錯誤中です。TRADOSには慣れているのですが、姉妹製品とは思えないくらい使い勝手がイマイチです。ただ、「ソース表示」機能で実際のUI画面を見せてくれるので、文脈的にはちょっとだけ分かりやすくなっています。何とか慣れて使いこなしていきたいと思います。
ところでUI専門の辞書みたいなのって、無いんでしょうか。
投稿: swimmy | 2016/09/02 9:56:40
swimmiyさん、コメントありがとうございます。
Passoloは、ほとんど使ったことがないのですが、あれはSDLのなかでは継子みたいな扱いだったみたいですね。最近はもうアップデートもされていないし、使われているという話もあまり聞かないのですが。
> UI専門の辞書
それはありえないと思います。
Passoloの「ソース表示」でもわかるように、UI翻訳というのはすべて製品ごとに発生するわけですよね。ということは、その製品(のインターフェース画面というコンテキスト)に依存するわけですから、共通する「専門の辞書」なんて成り立ちません。
ただ、たとえばウィザードの画面を前後に移動するBack/Nextなら「戻る/次へ」みたいに、おおむねどの製品にも共通する部分は訳を統一しちゃえばいいと思うので、そういうことになれば「汎用のUI辞書」が出てくるかもしれません。
ご希望とはちょっと違いますが、Windows上のUIなら、Microsoftの「ランゲージポータル」というところが使えますよね。
投稿: baldhatter | 2016/09/04 8:23:42
今まさにある社内ツールのUI翻訳(開発者のつけた英文のチェック)を任され、実機を確認することのできない状況にため息を付いています・・・笑
せめて作業を始める前に注意点を学ぼうとこちらのページを発見しました。感謝です。
投稿: ないちゃー | 2019/04/12 16:30:34
ないちゃーさん
(このハンドルも懐かしい~!)
アプリケーション開発の現場はいろいろと進化しているはずなのに、なんかUI翻訳の世界はまったく進歩しませんよね
投稿: baldhatter | 2019/04/12 17:59:55