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2006.08.15

# 日本が 2 度目の沈没

樋口真嗣って、監督としては本っ当にダメダメ(「ローレライ」だけで十分それは判ってたんだけどさ)。

平成ガメラ・シリーズは、やはり金子修介監督というトップがいて、樋口が特撮に専念したからこそ生まれた奇跡だったようです。樋口さん、分に合わない監督業からきっぱり足を洗い、神様=故・円谷英二を見習って、一日も早く特撮専門に戻ったらいかがでしょうか?

というわけで、リメイク版『日本沈没』は、オリジナル(1973年版)と比較して面白がるのが、おそらく唯一の楽しみ方です。

【以下、当然ながらネタバレあり】
そもそも今回リメイク版を観に出かけてしまったのも、CS でオリジナル版を再見したのがきっかけでした。

公開当時も、その後何回か見直したときにも、実はオリジナル版をあまり高くは評価していませんでした。最大の理由は中野昭慶のちゃちな特撮だったわけで、今回もその点は変わりないのですが、ドラマ部分が思いのほか、というか記憶していた以上に良い出来なんでした。

森谷司郎っぽい仕上がり(よく言えば手堅い。悪く言えば小粒)とか、首相が立派すぎる設定とか、難点は依然として目につくけど、なにより脚本がしっかりしていて、どの俳優もそれをきちんと演じている。藤岡弘(小野寺)も、いしだあゆみ(玲子)も、70年代特有のあの暑苦しさを割り引けば、それほど気にならない。小林桂樹(田所博士)はやっぱりスゴイし、中村伸郎(特使)のベタベタな日本人式英語すら好もしく見える。神山繁とか二谷英明とか---あの当時なら中堅というところ---の俳優陣が脇を固めていて、島田正吾(渡老人)が圧倒的な存在感を見せる。言ってみれば、良くも悪くも「まだ健全だった時代の日本映画」の代表的作品なのでした。

で、それを今回どうリメイクするのか...がどうしても気になっちゃったわけですが...

いきなり意表を突かれたのは、日本列島の沈没という事実が開幕早々で確定しちゃうこと。前作と違い、そこまでのドラマは思い切り端折ってる。これはリメイクとしては悪くないですよ。なにしろ日本はもう、一度沈没したことがあるんだから :P そこはもう既定の事実として時間を節約、ということで OK としました。

トヨエツの田所博士、というのは、なかなかエキセントリックで、旧作の博士と重ねさえしなければなかなか面白い役どころです。

石坂浩二の演ずる日本国首相は、旧作と同様、実に立派な人物。と思ったら、石坂首相は専用機で中国に向かう途上、阿蘇山の噴火に遭遇してあえなく墜落死しちゃいます。その跡を継いだ首相代理が、一転して愚鈍な政治屋で、早々に国外に逃げちゃう。で、旧作の首相に代わって D1、D2 計画の責任者となるのが、女性閣僚として文部科学大臣の地位にあり、生前の首相から危機管理担当大臣兼任を命じられていた大地真央という設定。この辺の現代風アレンジは、まずまず成功していたと言えるでしょう。

ただし、政治的な側面の描き方は明らかに旧作の方が綿密でした。政治家の頭の固さも、諸外国の反応の鈍さも旧作の方がよほどしっかり描きこんであって、この辺は悪い意味で現代的なのかもしれないし、意地悪く推測すれば、製作スタッフの政治音痴が露呈しているとも言える。

さて、問題はやはり主人公・草彅クン(小野寺)とヒロイン柴咲コウ(玲子)の立ち位置でしょう。旧作では、ただ「いしだあゆみが出演している」という以上には何の存在理由もなかった玲子が、今回はレスキュー隊員という主体性を持った女性として登場する、これなんかはいかにも現代的で許容範囲です。しかも彼女が阪神大震災で両親を亡くしているという設定も、この時代のリメイクならでは。でもね、小野寺の描き方がね...これじゃ、まるで、

碇シンジかお前は?!

ですよ。

ガイナックス流に描くと、現代的な男はみんなこんな風になっちゃうのか。それとも旧作の暑苦しい藤岡・小野寺と対照的な人物像を設定したらこうなっちゃったのか(なにしろ、旧・小野寺が玲子と会ったその晩にはもう男女の関係を持ってしまうのに対して、草薙・小野寺は据え膳さえ食おうとしないし)。

迷う主人公という設定はあってもいい。でも、それなら迷っている心理とか必然性を描かなきゃいけないわけで、それをまったくできないのが、悲しいかなこの監督の非力さの最たるところ。それどころか、彼の迷いがそのまま地理的な彷徨いとして描かれているものだから、あちこちで「どうやって移動してたんだ?」というツッコミのネタにすらなってしまうわけです。

もう一つ残念だったのは、旧作の渡老人に当たる人物を登場させなかったこと。政財界のドンみたいな存在が現代の設定に合わなかったのかもしれませんが、旧作で渡老人が登場する重要な意味は、彼が沈みゆく日本列島と運命を共にするということでした(旧作では田所博士も老人と共に居残る)。
旧作でも今作でも、「日本人が今後とるべき行動として、各分野の知識人が偶然にも "何もしない" というオプションをそろって提出した」というくだりがある。日本列島が消え去るという未曾有の事態を前にして "何もしない" --- 劇中で首相が語るように、これはある意味で最も日本人らしい選択ではないか。十分な説明にはもっと多言を要するけれど、単なる諦観ではない、しかし "見苦しい真似" はせず坐して運命を受け容れるという選択。実は案外多くの日本人が、今日でもさほど苦労せず肯けるのではないかと思える、この静かな、安らぎさえ覚えるような独特の達観。
渡老人は、実に日本人的なこのような精神の具現者として描かれていたわけです。今回はその役柄を小野寺の母親が引き受けているのですが、それでは全然意味がないんですね。日本のドンとまで言われ、かつてはあらゆる欲望の権化だったような、つまり本来なら我先に日本を脱出していてもおかしくない、そういう人物が(あるいはそこまで日本に根を張っていたからこそ)日本という国と運命を共にする、そこにこそ意味があったのであって、申し訳ないけれど一介の造り酒屋の女将では、そこまでの美学を描くには不足といわざるを得ないのでした。

そして---これはたぶん最大のネタバレ---「実は日本が沈没しない」というオチ。小生的には「ほう、そう来たか」という程度で、リメイク改変モノでは避けがたいある種の宿命ですかのう、くらいに受け止めたわけですが、これに納得できない人も多かろうと思います。沈没を阻止するアイデア自体は、科学的な根拠は別としても、「南極にたくさん推進装置を付けて地球の軌道をずらす」(『妖星ゴラス』)というのと同じくらい、ということはつまり日本映画ならまあ許せる程度の唐突さなのですが、オリジナルと差異化せんがための、相当に無理矢理なこじつけに感じられてしまうのが惜しいところです。

その沈没阻止プランの仕上げとして、旧式潜水艇の限界深度のほぼ 2 倍まで潜るという特攻殉死ミッションに、われらが草薙・小野寺が挑むのですが、それまでの彼の行動にあまりに一貫性がなかったものだから、この「アルマゲドン」式の殉死も結局、とってつけたみたいな印象になっちゃいました。

噴火、地震、洪水のシーンは、まあ評判どおりそれなりの迫力です。被災する人々の描き方も、部分的には見るものがありました(画面に終始、火山灰が降り続いているのはなかなか)。それなのに、それら二つがどうにも絡み合わないのですね。なんというか、「特撮は特撮。ドラマはドラマ」といった感じにまったく別物として存在していて、俳優がみんなブルースクリーンの前で演技してます、みたいな緊迫感のなさにつながっているし、作品全体の薄っぺら感を生んでいる。

この「作品全体の薄っぺら感」は、『ローレライ』からまったく成長してないですね。結局、この監督にとってはスクリーンに映るものがすべて「特撮」(プラス、せいぜいがその付属物)であって、「実在」が何にもないのかもしれない。もしくは、実写でありながら、彼の眼にはすべてがまるでアニメのような 2 次元として捉えられているのかもしれない。だから、特撮の画面が持つ意味を正しくコントロールしてそれを人物の動きに絡めることもできないし、2 次元より深く人物像を彫り込むことができない。部分的にはけっこういい絵が撮れるのに、それを作品全体としてまとめ上げる技量がないから、全体にはちぐはぐな印象だけが残る。

エンドロールに庵野秀明の名前を見かけて深く納得しちゃったわけですが(なにしろ、最終兵器が「N2 爆薬」だもんね。苦笑するしかないでしょ)、そうでなくとも樋口真嗣はやっぱりガイナックスな人なんでしょうね。

もう一度言います。

樋口真嗣よ、早く特撮専門に戻って、またファンを喜ばせてくれ。

03:31 午前 映画・テレビ |

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コメント

そうです、ツッコミどころ満載でした(笑)。
小野寺君のご都合主義的出没や N2 爆薬の登場は、パロディか?とも思ってしまいましたよ。

渡老人の登場がなかったのは、今の日本を象徴しているような気がしました。
日本人の心みたいなものが、いまはもう無いからなのかな。
「なにもせんほうがええ」(というセリフだったかな)は、かなり強烈な印象を残してくれましたね。

投稿: ishida | 2006/08/15 10:48:52

どうも。やっとトラバさせてもらったついでに、
ちょっとお願いがあって参りました。

こういうの禿げ帽子屋さんはやらないだろうなあ、
と思いつつ、どうしても名前が浮かんじゃったので・・。

URLにありますのでよろしくお願いします!

投稿: はい、バトンです(笑) | 2006/08/17 22:50:16

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