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2008.12.15

♭教育にかける費用は親の愛情とイコールではないけれど

以前、この B 面で英語の恩師のことを書いたが(禿頭帽子屋の独語妄言 side B: ♭ 恩師の英語指導)、そのときの "月謝" のことを思い出したので、なんとなく書いておく。

ちなみに、恩師に英語を習い始めたのは小学校 5 年の冬で、それが 1972 年のこと。大学入試が 1980 年の春だったので、1970 年代のほとんど、11 歳から 18 歳までという期間を過ごしたことになる。自分の人生に対する影響の少なかろうはずがない。

習い始めた 1972年当初の月謝は、

1回 2 時間 x 週 2 回、月謝 5,000 円

だった。裕福とは言えなかったわが家の家計にとって、当時のこの金額は相当大きかったのではないだろうか。最初にこの金額を聞いたときは子供心にちょっとびびったものだが、親は何も言わずにこれを了承してくれた。このときの親の判断が、その後の私の人生をほぼすべて決定したと言っても過言ではない。まがりなりにも英語を道具にして食べていけるようになったのも、大学を選びそこで現在の配偶者に遭うことになったのも、出発点は結局ここだったのだから。

その後の月謝がいつどのように上がっていったか詳細は覚えていないのだが、最終的には

週 2 回、月謝 20,000 円

になっていた。その後自分が家庭教師をするようになってからの相場を考えれば、それほどの高額ではないだろう。それどころか、その頃には毎回 4 ~ 5 時間授業が当たり前だったことを考えれば、むしろ激安だったことになる。

親と子のどちらが自主的に選ぶかはケースバイケースにしても、こういったひとつの選択が、人生の方向性を大きく決定してしまう。選択の成否は結果が出るまで判らないのだから、自分は幸運だったというべきだろう。

その自分は、わが子たちにこういった選択を、少なくとも選択する機会を、与えているのだろうか。

10:00 午前 独語妄言 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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♭深夜のタクシーで、ふと


ひとの営みは、ときにいとおしく、ときに疎ましい。
どっちの気分のときにも、ただ泰然としていたい。

09:23 午前 独語妄言 | | コメント (0) | トラックバック (0)

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